恋、悠太の家へ行く
悠太の家は色々と事情があるため、
「おい、何とろとろしてんだよ!」
幼い弟と妹の為に親代わりをしていて、
「は、はいぃぃぃいい!す、スンマソン!!」
ぶっちゃけ部活とか学校どころじゃないのに困っている人は放っておけない質で、
「しばくぞ、妖怪ぬりかべ女!」
結果、いつも損ばかりしていて、
「ひぃぃぃぃい!」
……本当はいいやつなのだ。たぶん。
今日は月に一度の図書整理の日。
この日はたまたまうさぎちゃんが休みで、他の図書委員も何だかんだ言って帰ってしまった。
『この量を1人で……』
元々図書室の解放日ではないので、慎兄も帰ってしまったようだった。
図書室の前で途方に暮れていたところにタイミングよく通りかかったのが悠太。
『ナイス、悠太!!』
『え、わっ、ちょっ!おまっ!』
はい。わたくしが拉致いたしました。
つまり今の状況は自業自得というやつです。
「後でなんでも言うこと聞くから!」
お願い!と全身全霊をかけて悠太を拝む。
「拝むな。……本当に何でも言うこと聞くんだな?」
「聞く聞く!」
私の思いが通じたのか、黙々と作業を始める悠太。仏頂面だけど。
学校では家庭の事情なんてこれっぽっちも感じさせなくて。
勉強もスポーツも出来て、(私には酷い事するけど)人当たりもよくて。
実はもてる。かなりもてる。どれ位すごいかというと悠太ファンクラブが存在するほどだ。
私にももう少しくらい優しくしてくれてもいいのではないか。こいつは王子さまなんて柄では───。
「お前、いま失礼な事考えてたろ」
「イエ、トンデモゴザイマセン」
流石は幼馴染みさま。
何でもお見通しと言うことか。
くわばらくわばら。
「そこの本順番逆。左から並べろっつってんだよバカか」
「え?あ、本当だ」
そういう事はなるべく早く教えてほしい。
本棚ひとつ分全部逆にしちゃったじゃん!
天井から床まである大きさの本棚は、流石の私でも上の方までは手が届かない。
仕方なく椅子を持ってきて、その上に乗りながら本を並べ直す。
「……れん」
「うひゃあ!?名前呼ぶなぁ!何だ!?」
「お前バカ?」
「は?何が」
悠太の事を振り返ると、こともあろう事かやつは床に座り込んでいた。いや、私が上の棚を整理しているから下から整理しているのか。
あれ?パンツ丸見えじゃね?てか思いっきり見てますよね、悠太さん!?
「極端すぎなんだよ、なんでそんな下着つけて、」
「きゃぁぁぁあ!やめっ、バカ!!」
流石の悠太も顔を赤らめてそっぽを向く。
「べっ、別に……」
お前に言われたからじゃねぇよ!!
「お、終わったぁ~!」
悠太の手伝いもあり、私が思っていたよりも作業は早く終わった。
「あざっす、悠太さま!まじ感謝、まじ天使!」
再び悠太の事を拝む私。ありがたやありがたや。
そんな私をみて悠太は突然吹き出した。
「本っ当単純すぎ、お前」
「よく言われます」
「いや、褒めてねぇし」
けらけらと笑いながら、瞳の端の涙を拭う。
悠太睫毛長いなぁ。
じゃなくて!こいつさっき私のぱ、パン……下着覗きやがったし!
「ほら帰るぞ」
「う、うん!」
さり気なく悠太は私の手を引いて歩き出す。
「そう言えば……さっきの……」
珍しく悠太は歯切れが悪い。
「何?あ、何でも言うこと聞くってやつ?」
「そう……それ」
「うん聞くよ。あ、でも私に出来る範囲内にしろよ?」
「じゃあさ、今日俺んち来いよ」
真剣な瞳の悠太に、一瞬どきっとしてしまう。
いやいや、相手悠太だし。落ち着け、私!
「なぜこうなる……」
帰りの道すがらドラッグストアに寄るから何考えてんたこいつ!と思ったが……。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「あぁん、可愛いぃ!美琴ちゃん、可愛い!」
悠太の用事とは、少女から大人への階段をのぼり始めた妹に生理用品の使い方を教えてやってほしい、という内容のものだった。
悠太の妹である美琴は兄とは正反対の可愛い性格をしており、実に愛らしい容姿をしている正統派美少女だ。
美琴ちゃんを思う存分胸に抱きしめる。可愛いは正義です!
「お姉ちゃんのお胸柔らかーい」
「美琴ちゃん今度一緒にお風呂に、」
「おい俺の妹に変な気をおこすなよ」
ばしっと勢いよく頭をはたかれる。
「サンキュな。俺じゃお手上げだったから」
「いいよ気にしなくて」
私も変な勘違いしていた事は黙っておこう。
「何、なんか期待してたわけ?」
「ばっ、バカにするなよっ!」
ふぅん、と何故か悠太は謎の超余裕な笑顔。
うわーむかつく!
変なところ察しが良くて困る。
「ほらちびども!飯だ!」
「わーい!」
悠太の号令に集まったのは、美琴ちゃんを筆頭に3人。悠太の下には妹が2人、弟が2人いるのだが……。
「あれ?葉太くんは?」
「彼女ん家」
「何ですと!?」
悠太のすぐ下の弟である葉太くんはどうやらお年頃らしい。
あれ?葉太くん中3だよね?彼女ってどう言う事!?
最近の中学生は進んでるなー。
「お前も食ってくか。今日赤飯だけど」
「いいの!?悠太のご飯美味しいよね!」
「よくもまあ恥ずかしげもなく……」
悠太は頬を赤らめ、何やらぶつぶつ呟きながら私の分も用意してくれた。
みんなでご飯をたべ、食後はみんなで遊び、何故か今私は悠太の部屋にいる。
「んー、まあいっか」
久しぶりに入った、幼馴染みの部屋。幼馴染みといえど、やはり男の子の部屋に入るのは抵抗があったためしばらく足が遠のいていた。
「本当に久しぶりだなぁ」
幼い頃は慎司さんとよく遊びに来た悠太の家。
最近は足が遠のいていたが、悠太の部屋はあの頃とあまり変わってないようだ。
「……ベッドの下にエロ本とかあるのかな」
覗こうとして思いとどまる。
悠太にみつかったら恐ろしいからな!
いやでもちょっとなら……。
「飲み物。カピルスでいいか」
「おう!?き、気が利くねぇ!」
二人分の飲み物とお菓子を載せたお盆を持って悠太は部屋に戻って来た。
あぶねー……。
ベッドの下を覗こうとしていたところは見られてはいなかったようだ。
グラスを受け取り、一口飲む。
濃度は少し濃いめ。私の好みの味だ。
「覚えててくれたの?」
「ん、何が」
そっぽを向く悠太の表情は見えないが、ちらりと見える耳は真っ赤だ。
「昔はよく慎司さんも一緒に遊んだよね、今度は慎司さんも一緒に遊ぼうよ」
「……お前慎司慎司ってうざい。つか何で今慎司の話なんだよ」
昔は悠太も慎兄と呼んでいたのに、いつから慎司と呼ぶようになったのだろう。
「つうか、何で『慎司さん』?」
少し険を含んだような声で問いつめられる。
「なにが?」
「その呼び方」
「ああ、慎兄がそう呼べって」
「……ふーん」
急に不機嫌に黙り込んでしまう悠太にどうしていいか分からなくなる。
なんだ、私変なこと言ったか?
しかし悠太の態度はマックスご機嫌斜めだ。
「つうかさ、お前慎司のことどう思ってんだよ」
「ちろん幼馴染みだけど?そうだ、ちょっと遅くなったけど、快気祝いしない?」
「幼馴染み……そっか」
なぜそこで笑う!?
「あー、テキトーでいいんじゃね?」
目の端に浮いた涙を拭いながら悠太は答える。
「よくないよ、なんか、こう心のこもったものとか……そうだ、ケーキでも焼く?」
「いややめとけ?お前のケーキなんか食ったら治ったものも悪くなるぞ」
悪くなること前提かよ!!
「なんですとぉ!?焼くのは私じゃなくて悠太だよ!」
一瞬ぽかんとした表情の悠太だが、すぐに怪しげな笑顔を浮かべる。
ん?怒られると思ったのに、何故笑顔?
「ふぅん、俺が。いいぜ、作ってやっても」
あれ、何故か背後に鬼が見えますけど。
オーラ半端ないっすけど!?
「そうだな……どんなケーキにしてやろうか」
悠太が何を想像しているのか想像したくないが予測はつく。あれは良くない事を考えている時の顔だ。
「あの、私悠太のショートケーキが食べたいなぁ……なぁんて、てへぺろ」
背後の鬼が消えたどころか悠太は真っ赤になる。何故だ。
しかしなかなか忙しいやつである。
「お、お前が……そういうなら、作ってやっても……」
「やった!」
約束ね?と小指を差し出すと、恐る恐る悠太も小指を絡めてきた。
なんだか本当に昔に戻ったみたい。
これから起こる出来事にわくわくと胸を弾ませ、約束を交わしたのだった。
ゆびきりげんまん、ゆびきーった