あめふりカンタービレ
季節の変わり目は天気が移り変わりやすく、
「あー、見事に降ってるな」
暗澹と立ち込める雲からは大粒の雫が滴り落ち、
「やだ、私傘持ってきてないし!」
バケツをひっくり返した様なとは正にこの事なのだろう。
「雨降ると髪が跳ねるからやなんだよね」
「恋の髪は柔らかいからね」
よしよし、と慎兄は幼い子供にするように頭を撫でる。
「……。どれどれ」
「ぎゃあ!?ばか、悠太!髪ぐしゃぐしゃにすんな!!」
何を思ったか唐突に悠太に乱暴に頭を撫でられたため、髪が絡まりぐしゃぐしゃになる。
「こらそこ!静かに!」
教師の眼鏡がきらりと光った。
ほら怒られたじゃないか、ばかぁぁぁあ!
慎兄とはクラスが違うが芸術の授業は選択制なので全クラス合同授業となっている。
芸術授業は音楽、美術、演劇、書道、茶華道、日本舞踊などに分かれており、ちなみに3人とも選択は音楽だ。
「そう言えば慎司、お前芸術の選択美術じゃなかったか?」
「うん。去年はね。無理言って音楽に変えてもらったんだ」
基本的に芸術の選択は3年間変更は出来ない。
───うん。いい笑顔だけど裏は怖いから聞くのはよそう。触らぬ神になんとやら。障らぬイケメンになんとやらである。
それよりも今の問題は目の前に置かれているコイツ。
何でこのおたまじゃくしどもは楽しげに5本の線の上で泳いでるわけ!?
「楽譜読めねぇのかよ」
凄く見下した目つきで鼻で笑われた!鼻で笑ったな!?
「煩いなあ、そう言う悠太だってピアノ弾けない癖に!」
選択制のため少人数での授業で、そのため各自の前には一台ずつキーボードがある。
そう。何を隠そう私は楽譜が読めなければ、楽器なんてもってのほかなのです。
あれ?何で音楽選択しちゃったんだろ?
「僕が教えてあげるよ」
さり気なく慎兄が私の手をとり、鍵盤の上に乗せる。
わあ、近い!近いよ!
そして女の子の視線が痛いです。
慎兄は背が高いのに線が細く、身体が弱いために儚げな雰囲気があると女子生徒に人気が高い。おまけに優しくて素敵な笑顔ときたら、お年頃の女子はいちころです。
私後で蜂の巣にされちゃうよ!
格好良すぎです、慎兄。
「慎司!俺にも教えろっ」
なかば無理やり私と慎兄の間に割り込む悠太。
うわー、私視線集めまくり。
本人たちは無自覚だからなおのこと質が悪い。
せめてうさぎちゃんがいてくれたら……。
嗚呼、何故あなたは茶華道なんて古風な授業選択したのですか、うさぎさま!
何故ならばうさぎさまだからです。はい、自己完結。
「……聞いてる?恋」
「はひっ!?な、何慎兄?」
「聞いてなかったな、コイツ」
「お仕置きが必要かな」
お、お仕置き!?
慎兄が言うと何故か甘美な響きになるから不思議だ。
いや、お仕置きは嫌だから頑張りますけどね、私!
何か大切なものを失いそうなきもするし。
「聞いていましたとも!」
「じゃあ言われた通りにやってみろよ」
くっ、流石はドのつくS。痛いところを突くのが上手いぜ!
誉めてないけどな!
結果、上手く弾けるのは慎兄ただ一人だった。
一時間じゃ仕方ないよね!
「何だか言って悠太も弾けなかったじゃない」
「俺はギター弾けるから他の楽器はいいんだよ」
「それは何か?何も楽器の出来ない私に対するあてつけか!?」
「大丈夫、恋にも出来る楽器もあるよ」
何ですと!!
「カスタネット」
うん、たん、うん、たん……って幼稚園以来だわ!
打楽器?しかも老若男女誰でもござれのカスタネット!?
いくら爽やかな笑顔で言われてもそれはないよ、慎兄!
「お、」
「お?」
「お遊戯会かぁぁぁぁあ!」
爽やかな笑顔の悪魔2人のせいで私のMPはもうゼロです。
芸術の授業がある日はSHLは割愛されるため、今日はこのまま流れ解散となる。
「悠太今日先生に呼び出されてなかったっけ?」
「ん?ああ、忘れてた」
「よし、じゃあ恋は僕と一緒に帰ろうか」
「まじか!よし、帰ろう!じゃあな、悠太!」
「なっ」
絶句する悠太をよそに、私は慎兄と手をつないで駆け出す。
あ、手をつないでって言っても気分的な意味で。実際につないでいたら他の女子に殺されちゃいます私。
昇降口に着いてから思い出した。
私傘持ってきてないんだった!
私がもたもたしていると、慎兄が傘を持って現れる。
「帰ろうか」
「あ、でも私、傘なくて」
「一緒に入らない?」
慎兄が開いた傘は大きめだった。これなら2人で帰れそうだ。
「入る!」
喜んで傘に入ると、さり気なく慎兄が私の身体を引き寄せる。
「濡れちゃうよ」
慎兄との距離が近くなる。慎兄は悠太より背が高く、私との身長差は10センチくらい。
理想じゃないっすか!(※恋ちゃんの意見です)
ちなみに私は悠太より5センチ程背が高い。そのため身長の話は私たちの間ではタブーになっている。私も気にしてるんだからね!
一歩踏み出すと視界が悪い雨の中。傘で切り取られた直径数十センチの世界で、私は慎兄と2人きり。
心臓がどうしようもなく高鳴る。
わー、慎兄イケメン過ぎる!
「慎兄の特技がピアノとか、似合いすぎ!」
「そうかな。恋は歌が上手いでしょ。きれいな声してるから」
「いえいえ慎兄ほどイケメンじゃないっすよ」
「すぐ男の子ぶるんだから。可愛いよ、恋は」
わー!わー!慎兄が可愛いって言った!可愛いって言われた!
私を殺す気ですか、コノヤロウっ!
MP復活だぜ!
「本当、悠太も恋も変わってないね」
「そう?悠太髪染めたりピアス開けたり。私も……あれ、私は変わってないか」
なんだか虚しくなる。
「変わったよ。女の子らしくなったし、可愛くなった。でも2人とも変わってないよ」
「そ、そう?慎兄も格好よくなったよ!」
優しい微笑みは昔から。
嬉しくて思わず慎兄の腕に自分の腕を絡める。
「ねぇ、その呼び方なんだけど」
「何?」
「慎兄、ってやつ。これからは慎司って呼んでよ。悠太もそう呼んでるし」
そんな!恐れおおいっす!
「同級生なんだし、逆に不自然でしょ?」
なるほど。確かに不自然かもしれない。
かと言って何だか呼び捨てにするのも恥ずかしい。
「ほら、呼んで?」
「じゃあ……しん……し、慎司、さん」
ちょっと苦し紛れすぎるかな。
「……まあ今日のところはそれていいけど」
恋らしいね、と慎兄改め慎司さんはくすくす笑う。
私、きっと今顔真っ赤だよ!
名前を呼ぶだけで心臓が高鳴る。
近くにいる慎司さんに鼓動が聞こえるのではないかと思うと、余計に心臓がどきどきする。
「家まで送ってくね」
「え、いいよ!私ん家ちょっと遠いし」
「僕がしたいの。それに恋、傘もってないでしょ」
「か、かたじけのうございます」
さっきは意識せず絡めた腕が、急に恥ずかしくなってしまった。
あめあめ、ふれふれ、もっとふれ