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極楽楽土

空の祭

作者: 蒲公英

その夜は、空の祭だという。


てっぺんに続く道は懐中電灯だけじゃ見えなくて、伸びている木の根っことか太い蔓に何度も足をとられた。

風が吹くたびにざわざわと揺れる木々は、まるで生きているかのようで、暗い影から僕に向かって触手が伸びてきて捕らわれてしまう幻覚がおきそうだ。

鳥は眠っている。

小さな獣たちは、僕の足音に怯えて出てこない。

山の中は植物が風にこすれる音だけなのに、とても饒舌なお喋りをしているようだ。

一筋だけ照らす懐中電灯が、僕の道標になる。


十三歳の旧暦九月の十三夜に山のてっぺんに登ると、空の祭に出会えるという。

それは僕の村だけに伝わる話で、村の人々は十三歳の秋の夜に山に登る。

過疎が進んでしまったこの村で、今年十三の年を数えるのは僕だけだ。

空の祭って、どんなものなんだろう。

大人たちに訊いてみても、すばらしいものだという返事しか帰って来ない。


風は冷たい。

汗ばんだ背中と、頬に触れる木々を通した空気。

怖いなんて思ってはいけない。前に進めなくなるから。

もっと小さい頃、歳上の友達に連れられて明るい時間に何度も通った道。

虫捕りにも通ったし、秋には山の栗の実を拾った。

ずいぶん来ていなかった。


懐中電灯で足元を確認する。

てっぺんに続く道は一本道、間違えようはない。

生きている気配は、僕の弾み気味な呼吸の音だけ。

たとえば向かい側から人が歩いてきたら、僕は喜ぶだろうか。

悲鳴をあげて逃げるかも知れない。

今晩、この山に登っているのは村の中で僕しかいない筈なのだから。


最後の急な山道を、木の根にしがみつくように登った。

懐中電灯で照らす余裕もなく、木のシルエットだけが僕の視界のすべてだ。

これを越えればてっぺんに辿り着く。


てっぺんは、そこだけ木々から置き去りにされたように開けていた。

丈の短い草が風にそよいでいる。

なんだか、とても明るい。

僕は懐中電灯のスイッチを切って、草の上に座った。


笛の音がする。賑やかに、穏やかに。

ああ、この音は虎落笛もがりぶえだ。

木々が枝ごとに笛を吹いている。

見上げると満月にはあと二夜の月が、夜空に輝いている。

村の灯りはここには届かない。

星が幾重にも重なって空に満ちる。


一際の強い風に笛の音は高くなり低くなり、葉擦れの音と共に音楽が響く。

星たちは風に乗ってウィンクをし、雲のベールが大きな月の形を刻々と変える。

これが、空の祭だ。

僕はうっとりと草の上に寝転がって空を見上げる。

これが空の祭だ。


暗い山道をひとりで降りる時に、僕の耳の中は音楽が鳴りやまず、胸の中は星と月の光で満たされていた。

里に降りて見上げた空に、十三夜の月はなお明るく輝く。

「空の祭には、会えたかい?」

父が笑いながら訊き、僕は大きく頷いた。

「昔はな、みんなで笛太鼓で行ったんだと。子供、いなくなっちまったからなぁ」

「いいんだ、充分賑やかだったから」

星と山のざわめきは、僕の中にとりこまれて光を放っていた。


fin.


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― 新着の感想 ―
[一言]  薄暗い夜の懐中電灯と、静まりかえる森。とにかく、そのイメージにぐわっと飲み込まれました。 後はもうよくわからんです。 空の祭あたりはもう、夢みたいな感じとしか。  そういえば、初めての…
[一言] すいません酔っ払いです(笑) 感想を書くつもりもなく読み逃げしようと思ったのですが、思いのほか清々しい気持ちにさせていただけたので、一言だけお礼を言いたくて。 少し悲しいですが、静かな、…
[一言] こんにちは。お邪魔いたします。 空のお祭り、素敵です。夏場のお祭りというとつい下界の賑やかなものを想像してしまいますが、地上とは別にこうして天界でもあるかと思うとなんだかワクワクしてしまい…
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