第3話
何か騒がしいような気がしてゼフィルスは目を覚ました。普段なら通りにもそんなに人のいない時間にも関わらず窓の外から人の話し声が聞こえてきた。
「……何?」
寝ぼけ眼を擦りつつ窓に近づく。
「え?」
眼下ではウィンドと……灰色を基調とした制服を着た数人の憲兵が話している最中だった。
「ここで不法な……飛行機械が作られているという噂がある。調査させてもらいたいと言っているのだ」
「そんなもの知らんと何度言ったらわかるのじゃ。うちはただの鉄板しか作っとらん」
「ふん。あくまでもシラを切り通すというのならば、こちらも考えがあるのでな」
今まで話していた憲兵の後ろにいた杖を持った憲兵が前に出る。ゼフィルスにはその杖がすぐに術式展開用のものだと……つまり魔法を使うためのものだと思った。
「……っ?」
ウィンドもそれを理解し身構えたが、そんなことは相手の束縛系魔法に対しては無意味以外の何ものでもなかった。まるでその場所だけ時間が凍りついたかのように、ウィンドは一瞬前の動作のまま静止する。
「……探せ」
話をしていた憲兵が部下に指示を出す。
―――いけない……!
気がつくと体が先に旧工場へ向かっていた。
バンッ!
ゼフィルスが裏口から入るのと憲兵たちが表側から突入したのはほぼ同時だった。鉢合わせしてはまずいと慌てて物陰に身を滑り込ませる。見つかってもし捕まってしまったらすべて終わってしまう。
「探せっ……と、そこまでする必要もない、か」
「……これが飛行機ですか? ギブリ隊長」
「だろうな。カバーを剥がせ!」
ギブリと呼ばれた憲兵の男はそう言い放つと、目深にかぶっていた帽子をとった。おかっぱ気味に切られた金髪が溢れるようにして揺れた。
「へぇ……よく造ったものだ」
どこか満足げにギブリは銀色の機体を撫でる。
「馬車に繋ぎますか?」
「ああ。そうしろ」
部下の提案に頷くと、
「ん……?」
目の前にある機体以外はほこりのかぶった物の多い室内を見回す。
「お前がコレを作ったのか?」
部下が馬車に取りつけるための道具を取りに行くため工場から出て行ったのを見計らい、口を開く。まるで他の誰かには会話を聞かれたくないかのようだった。
ゼフィルスも気づかれてしまったのでは仕方がないと思い、姿を現わした。
「ええ。そうよ」
ギブリが驚くのがはっきりとわかった。今目の前にある飛行機を一人の少女が作ったのだというのだから当たり前といえば当たり前だ。
「夢……か。父親の」
「……何でそれを?」
彼女にとっては彼の言葉は意外以外の何ものでもなかった。
「お前の父親は……軍隊にいたろ? シルフィード・ジェンクスといえば前大戦じゃ有名人だ。ま、お前の生まれる前の話だがな」
どこか遠くを見る目でギブリが言葉を続ける。
「彼は、俺の隊の隊長だった。その頃からあの人は空を飛ぶことを夢見てた。もちろん違法って知っていながらな。今思えばあの人はあの頃から目をつけられてたんだろ。ただ俺は別に反対はしなかった」
「それじゃ……」
「賛同もしなかった」
ゼフィルスの言葉はギブリの言葉に消された。
「だから今こうしてあの人の家族を取り締まることができる」
ゼフィルスが顔を上げると、その視線から逃れるようにしてギブリは目を背けた。
「これから、この機体は王城へ運ばれ、明朝に解体される」
それだけ言うと制帽をかぶり直す。工場の外から部下が戻って来るようだった。ゼフィルスは再び身を隠す。
「……シルフにそっくりだ」
それだけ最後に聞こえた。




