第2話
父親が遺したもの。それは今の世界では無謀とも思える夢と、しわくちゃになった設計図だった。軍隊にもいたことのある父親はそこで学んだ知識と家業から学んだことから、自力で飛行機の設計図を描いた。
小さい頃からゼフィルスは父親の夢を聞かされていたので、自らもそれを実現しようと志を持つまであまり時間はかからなかった。そして幸か不幸か彼女にはそれを完成することのできる才能があった。
ゼフィルスはすでに物置と化している工場の隣にある旧工場の扉を開けた。どこか物置のわりにがらんとしているそこには、砂色の布がかけられた何か巨大なものが横たわるようにしてあった。
布の端にはフックがつけられており、その先には小型のクレーンがあった。ゼフィルスはそこから伸びていたスイッチを入れる。少し錆びたような音とともに布が引きずられるようにして剥がされていった。
「シルフィード……」
横たわるのは銀色の翼を持った鉄の鳥だった。鋭い流線型をしたボディーに、薄い羽、先端についた三枚のプロペラ。両翼はつけ根の部分から折りたたまれるようにして鳥の尾の方へ向いていた。三つの車輪が止め具で止められている。
父親と同じ名の飛行機はほぼ完成していた。
ゼフィルスはその機体を優しく撫でた。ひんやりとした鉄の触感が伝わってくる。冷たい鉄の塊なのだが、この飛行機はゼフィルスにとってとても愛おしい存在であった。
どんなに馬鹿にされたっていい。不可能と言われてもいい。
先ほど完成した最後の機体壁面のパーツを組み込む。ちょうどエンジンのアクセスパネルに当たるものだったので、蝶番をネジではめ込んだ。
「……よし、できた」
手段は完成した。ただ一つ、ゼフィルスが空を飛ぶには問題があった。
それは飛行機を飛ばすだけの長さのある直線だ。父親の設計図とともに遺された資料には飛行機を飛ばせるだけの力を得るための助走距離も書かれていたのだが、それほどの長さが稼げるほどの道がこの町にはなかった。いや……正確には違う。
「うぅ〜〜ん……」
ゼフィルスは自室の机に町の地図を広げ、頭をかかえていた。ランプで照らされた地図には町の詳細な道路が書き込まれている。曲がりくねった通りや小道がほとんどであり、長い直線はただ一本のみ。
ロードオブザロード。
王城から国外へと伸びる最長の道。一つだけの例外。しかしここを使うことは極力避けるべきだった。
それは第一に空を飛ぶという事項が禁止されていることにある。ただでさえ法律で禁止されていることを行うのに王城から続く道を使うのは、見つけてくださいと言わんばかりだ。もちろん城下町のどこで行っても同じだろうが、目立つ度合いが違う。
第二の理由はその通りが商店などを開いているため、長さはあっても広さがないことにある。シルフィードの両翼が広がった状態では確実にそれを建物の外壁に擦ることとなる。これでは飛ぶ以前の問題だ。
「やっぱり無理よねぇ……」
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
シルフィードを完成させたことで、ある程度の達成感を得てしまった。山を八合目ぐらいまで登ってしまい、もういいか、と思ってしまったような、そんな感覚に陥っていた。
だが――――
「ここで諦めるわけにもいかない、か」
事件が起きたのは翌日のことだった。




