第五十五通 練習試合と美味しい? 弁当
日曜日、僕は普段着で学校に来ている。その隣に和彦も一緒だ。
実は今日、野球部の練習試合があるので、その応援に来たのだ。野球の事はそんなに詳しくは無いが、とり合えず基本的なルールは知っている。
そして、試合は今まさに始まろうとしていた。
「丁度始まるみたいだね」
「勝てるといいね」
僕と和彦は芝生に腰を下ろし、試合を見る事にした。
試合は白熱の投手戦が続き、最終的に疲れ始めた投手が滅多打ちにあい、結果は13対4の惨敗と言う結果に終った。
その4点は全て健介のホームランで取った得点だった。
「残念だったね」
試合が終ってすぐ、僕は健介にそう言った。きっと、健介は落ち込んでいると思ったからだ。しかし、健介は明るく笑いながら言う。
「全く歯が立たなかったな」
「そうか? 健介は4打数4安打で、しかも4本塁打じゃないか」
関心した様子の声で和彦はそう言う。僕も健介は凄いと思った。
「まぁ、練習試合でよかったぜ。本当に」
健介がそう言った時、遠くの方で由梨絵の声が聞こえた。
「健介せんぱ〜い。お昼にしませんか〜?」
その明るい由梨絵の声に、健介が更に明るい元気のいい声で答える。
「おーっ。食う食う」
「それじゃあ。今、そっち行きますね」
そう言って綺麗な風呂敷に包まれた、弁当箱をもって駆け寄ってくる。僕と和彦は顔を見合わせて、クスクスと笑った。
由梨絵は健介の隣に座り、風呂敷を開いた。綺麗で大きな弁当箱が現われ、それを開けると、色取り取りにオカズが並んでいた。
「お〜っ! 美味そう! これ、由梨絵が作ったのか?」
「うん。倉田先輩に教えてもらって」
由梨絵はそう言って僕の方を見た。そう、この前呼び止められたのは、美味しい料理の作り方を教えて欲しいと言われたのだ。とり合えず、おおまかに作り方を教えたが、見た目は美味しそうだ。
「それじゃあ、いただきまーす」
健介は手を合わせてそう言うと、厚焼き玉子を一切れ口に運んだ。一瞬表情が曇ったが、すぐに笑みを浮べながら言う。
「う〜ん。お…美味しいよ」
「よかった。あっ、よかったら倉田先輩も白羽先輩も食べてください」
僕も和彦も健介のリアクションで、薄々気付いていたが断る事が出来ず、弁当を食べる事に――。
僕はロールキャベツを、和彦はオニギリを、それぞれ口に運んだ。その瞬間、僕の口の中には濃いしょう油の味が広がった。多分、入れるものを間違えたのだろう。和彦も何やら複雑そうな表情をしている。
「どうですか?」
僕と和彦にキラキラとコメントを求めるかのように、視線を送る由梨絵になんて答えていいかわからず、チラッと健介の方を見ると、健介は頼むと言う表情で僕と和彦を見つめていた。だから、僕は薄ら笑みを浮べて返答した。
「お…美味しいよ。少し味が濃いけど……」
「駄目だ。正直に言わなきゃ!」
和彦はそう言って立ち上がると、僕と健介を交互に見た。由梨絵は立ち上がった和彦に視線を送る。僕と健介は焦り、首を横に振るが和彦はそれに対し首を横に振り返す。
「ちゃんと言わなきゃ本人の為にならないよ」
そう言うと、和彦は息を呑み、由梨絵の方をジッと見る。僕も健介も由梨絵に視線を送り息を呑む。由梨絵はその透通る瞳を輝かせながら、和彦の顔を見つめる。暫し、沈黙が続いた後ついに和彦が口を開いた。
「と…とっても、美味しかったよ」
「そうですか。そう言ってもらうと嬉しいです」
結局、和彦も由梨絵のあの眼差しに敗れてしまった。本当の事は言えぬまま、僕等3人はその弁当を完食したのだ。