第五十一通 年越しそば
日も暮れて外はすでに闇に包まれている。今年も後わずかな時間しかない。
未だショックで固まっている健介。そんなに、楽しみにしていたなんて――。本当に健介には悪い事をしたと思っている。
恵利は安奈と買出しに行き今は家にいない。なんやかんやで、今日は安奈と健介が家に泊まる事になった。健介が泊まる理由は分からないが、安奈とは明日初詣に行くと言う事で、恵利が無理やり泊めるといいだしたのだ。
「健介。そんなに落ち込まなくても……」
僕が半笑いしながら、そう言うと健介がゆっくり振り返り、僕の方に詰め寄った。健介の息が顔に掛かる。それ位、健介の顔が近くにあると言う事になる。焦る僕に健介がゆっくりと口を開く。
「俺が……。俺がどんだけそばを楽しみにしてたか……。一年に一度の楽しみだぞ」
喋る度に息が顔に降り掛かる。何とか健介を突き放そうとするが、力では勝てず結局口走ってしまった。
「分かった。作るよ! 作るから離れてくれ!」
その言葉を聞き、健介がゆっくりと僕から離れる。そして、嬉しそうに笑みを浮べながら立ち上がった。引きつった笑顔を、僕は健介に向けるが、健介は全く気にしない。
まぁ、腰の方も随分楽になったので、そばを作る位なら大丈夫だろうと、僕はキッチンに向った。
「ソバ! ソバ! ソバ!」
健介はリズミカルにそう言いながら、妙な動きをしている。その妙な動きに僕は笑うしか出来なかった。
腰が少し痛むが、僕は麺打ちを始める。
麺打ちを始めて数分後、買出しに行っていた安奈と恵利が帰ってきた。
「お兄ちゃん! 腰痛めてるんだから、寝てなきゃ駄目よ!」
「だ、大丈夫だよ。随分腰の調子もよくなってるし」
額から汗を流しながら、笑顔でそう言う。恵利はため息を吐き、右手で頭を抱えている。結構、お兄ちゃん想いな所があるのだ。安奈も心配そうに僕の顔を見つめていた。
「無理しないでね」
「う…うん。大丈夫だよ」
僕は笑顔でそう言ったが、腰はズキズキと痛む。だが、この程度の痛みに負ける訳には行かないと、歯を食い縛り麺打ちを続ける。
数十分後、ようやく麺が完成。そして、すぐさまスープを作り始めた。
その間、安奈達は紅白歌合戦をみている。テレビから聞こえる歌声が、キッチンまで聞こえてくる。別に歌に興味がある訳じゃないが、何となく気になった。
スープを作り終えると、紅白も終了し今年も終わりを告げた。外では除夜の鐘が、静かに鳴り響いている。その音を耳を澄ませて聞いている3人に、僕はソバを器によそって持っていく。
「そば、出来たよ」
「おっ! 待ってました!」
健介はそう言って僕からソバを受け取り、箸を手に持ち叫んだ。
「いただきま〜す!」
ズルズルと音をたててソバをすする健介。安奈と恵利はその健介を見て笑っている。僕もそれにつられて笑った。