第九十六回 ハンマーと橋
「やあ今日も精が出るね」
この男は橋の安全点検員だ。橋の上に這いつくばって、あちこちをハンマーで叩いては、返ってくる音を聞いている。
私は背後を振り返って、今いる場所から、もと来た岸までの距離を見た。
「五年かかって、ようやく残り半分ってところかな」
「だが手を抜くことはできないよ。でないと、人々が安心して橋を渡れないからね」
そういう男のハンマーを振るう腕は、いっそう力が入る。途端、ハンマーは砕けてしまった。
「またか」
「またか、って。そんな何本もハンマーが壊れたりするのかい?」
「当然さ。四六時中ハンマーを振るう仕事だからね。確か、この橋を担当しだしてから、もう五十本は使い潰したかな」
「それは大変だ。でも商売道具が壊れてしまったから、今日はもう店じまいだね」
「仕方ない」
すると男は、まだ安全点検の終わってない橋の残り部分を、スタスタと歩いてしまった。私は驚いて、思わず引き留めてしまう。
「おいおい、どこに行くつもりだい」
「新しいハンマーを買いに行くに決まっているじゃないか。ハンマーを売っている店は、橋の向こう岸にしかないんだから」
そういって男は何事もなかったかのように、橋を渡りきってしまった。
「なにしろ安全点検しないと、安心して橋も渡れないからね!」