第九十回 ツンデレと誘拐監禁
目が醒めると僕は見知らぬ場所にいた。蛍光灯に照らされた部屋は、四方をコンクリート壁に囲まれ、窓もない。だからココがビルの中だとしても、何階なのか分からない。もしかして地下室にいるのかもしれない。
手足は僕が座っている椅子ごと、ロープで縛られている。結び目は頑丈で、ほどくどころか、身動きひとつ取れない。
どうやら僕は拉致された上で監禁されているらしい。
僕は溜息をひとつ吐くと、目の前にいる少女に説明を請うた。
「んで……どんな理由があって、僕はこんな状況になっているのか。教えてくれないかな、礼子さん?」
するとクラスメイトの礼子さんは腰に手を当て、仁王立ちになり、顔を真っ赤にして答えた。
「べっ、別に鶴手くんが好きでやってんじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」
「なぜツンデレ」
さっきまで礼子さんが座っていたと思しき場所には、何冊かの雑誌と、飲みかけのペットボトルがある。ああ、僕が目覚めるまで待っててくれたんだ。親切だなあ。が、雑誌の横にあるのはスタンガン。すみません、どう考えても完全に彼女が犯人です。
どうやら僕は彼女に襲われて、気を失ったところを拉致されたらしい。
「どうしてこんな場所に……というのは、もう良いや。礼子さんの仕業だというのは、何となく分かったから」
「ありがたく思いなさいよね!」
なにをだ。
「でもさ、何そのツンデレ演技」
「しっ……調べたのよ……」
良く良く観察すると、さっきの雑誌の表紙に「ツンデレで彼氏のハートをキャッチ」とか書いているような気がする。あああ、そういうことかぁ。
つい最近、ネットニュースで話題になっていた。女性誌でツンデレが特集されたというのだ。恐らくはこの雑誌こそが、件の特集号なのだろう。けど、そんな記事を信じる人なんているわけないと、誰もが笑い話にしていたんだけど……。
……真に受けちゃったかあああ。あちゃー。
「礼子さんはツンデレなのに、ツンツンしてるってコトは……つまり誰かにデレたいわけ?」
瞬間、礼子さんの肩が大きく揺れた。
「そそそそそ、そんなわけないじゃない! でっでも、アンタが良ければアンタでも構わないんだけどねっ!」
おーおー、動揺してるしてる。
「けどさあ、夜道で襲って拉致監禁って……ツンデレじゃないよね? むしろヤンデレだと思うよ」
「えっ、嘘?」
確か話題では、ツンデレと共にヤンデレの紹介もされていたハズ。礼子さんはおもむろに一冊の雑誌を取り、付箋の張ってあるページを読み出した。みるみる顔色が青ざめる。
「べっ、別に間違えたわけじゃないんだからね?」
「いやいや、声が震えてるじゃない! 絶対に間違っていたんだよね?」
大きな間違いに気付いた礼子さんはしばらく、しゅんと落ち込んでいたが。
「怒ってる?」
「そりゃ怒るよ」
スタンガンを押し当てられた跡が火傷になったようだ。首筋が痛い。さすがに奇襲の上で誘拐監禁されて、迷惑に感じない人がいたらお目にかかりたい。どんな動機があったとしても、だ。こういう過激な行動は二度と勘弁願いたいところだ。
礼子さんは段々と涙目になり、震える声で謝った。
「ごめんなさい。鶴手くんを酷い目に遭わせる気じゃなかったんだけど」
その程度は人の迷惑も想像してもらいたいんだが。礼子さんの目には、ますます涙があふれそうになる。
やれやれ、仕方ないか。僕はひとつの決意をした。
「ツンデレとかさ。もう、そんな合わないコトやってないでさ。普通に礼子さんの気持ちを伝えてくれれば良かったんだよ」
「はい……その通りです……」
「だからさ、つきあおうか、僕ら」
「えっ」
切り出した提案が意外だったのか。礼子さんは驚くのを越えて、何が起こっているのか分からない様子だった。
礼子さんの勘違いで、確かに僕は酷い目に遭ったけれど。でも話は別というか、コクられて拒否する理由にはならなかった。
普段の礼子さんはクラスでも可愛い方で、目の離せない、気になる存在ではあった。
「ごめんね、酷いことしたのに。怒ってるでしょ」
「もう構わないよ」
しかし、まさかこんなにエキセントリックな性格だとは思わなかった。思い込んで即、行動するとか。ブレーキの壊れた暴走特急か。もし僕がココで礼子さんの気持ちを断ったら、他に被害者が出るんじゃなかろうか。さもなくば今度こそ、ツンデレからヤンデレと化すか。
想像するだけでも恐ろしい。別の意味で目が離せないものがある。
「良かった~、鶴手くんも機嫌を直してくれて」
礼子さんも、ホッと胸をなで下ろす。だがハッと何かに気付いて、後ずさった。
「ど……どうしたの?」
「まず怒ってから、優しくなる……まさか、これこそが真のツンデレ? もしや鶴手くんったら、私をツンデレで誘惑していたのね!? ライトノベルみたいに!」
「いや違うから、それより縄をほどいてください」
慌てて縄をほどく彼女を眺めながら。あっれー、もしかして僕ってば地雷を踏んじゃったー? やっちまったー? という自問自答が幾度となく行われる。
だが礼子さんはといえば、固結びに悪戦苦闘しながら「鶴手礼子かあ、えへへへ」とか呟いていたりして。どんな想像してるのか分からないけど、展開が早すぎるよ!?
でも礼子さんは嬉しそうだ。だから、まあいいやと心の中で秘かにデレておいた。