第九回 堕落と竜
狭苦しい長屋に、大の大人が三人。ちいさな卓袱台を囲んでいた。ひとりは長屋の住人である中年男。もうふたりは派手な背広に、眼光鋭い面構えのヤクザ者である。
中年男はふたりの間へ茶を置くと、どっかと座り、自分も茶をすすった。
「で、組長の具合はそんなに悪いのかい?」
「ええ。頭に銃弾を受けて峠は越えたものの、まだ意識の戻っていない重症です。くそっ、割土井組の奴らめ。しらばってくれてやがるが、アイツらがやったってのは分かってるんだ!」
「それで今日は兄ィに頼みがあって来たんです」
ヤクザのひとりが深々と土下座した。
「組長の意識が戻らない間、残念ながら組を収めるだけの貫目がいねえのです。このままでは組がバラバラになっちまう。引いてはその昔、昇りドス竜とまで呼ばれた兄ィの力をお借りしたいのです。何だったら、一声号令をかけてくれれば、兵隊の百人も集まりやすぜ」
そこで玄関の引き戸がガラリと音を立てて開いた。
「お父ちゃん、ただいまー……あれっ、お客さま?」
「おう、サチコおかえりよ。父ちゃん、相手しねえといけねえから、ちょっと遊んできな」
はーいと元気に返事をしてランドセルを玄関に放り投げると、サチコは再び外へ出て行ってしまう。
「オヤジさんに恩を返したいのは山々なんだけどよ。見ての通り娘がいてな。昔みてえな無茶ができなくなっちまった」
その昔、昇りドス竜と呼ばれた男はシャツをおもむろに脱ぐと、異名の元となった背中の入れ墨をふたりに見せた。
「見てみろよ。オイラも家族持ったらすっかり太って、背中の昇り龍まで横に広がっちまった。もう二度とお天道様にゃ昇れやしねえよ」