第八十六回 赤色と絆
今日は六月には珍しい晴れ間。大安吉日。僕らは結婚式を挙げることになる。
そういえば彼女とも、もう数日会ってなかった。お互い挨拶に、仕事に、用事にと忙しかったからだ。僕は花嫁の待つ待合室に入った。そして驚く。
純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女はとても綺麗で……だが左手の小指から赤い糸をあさっての方向へ伸ばしていた。
「ちょちょちょ、ちょっと、どういうことなの!?」
「いやー、なんか一昨日から出てきたのよね、コレ」
僕は慌てて人払いをする。だが、どうやら他の人には糸が見えてないらしい。
赤い糸はひとりでにふよふよと浮いている。その先は壁を抜け、どこか遠くへ長く長く伸びている。窓の外を見ても、どこへ向かっているのか、遠すぎてわからない。
「ああ、もう。鬱陶しいわね」
風もないのに勝手に揺れる糸を、彼女は小バエでも追うかのように、手で払う。また、えらく雑な扱いを。
「この糸は僕に繋がっていない。つまり……君の運命の相手は、他にいるってことなんだろうな」
「とりあえず繋がっている相手なら確認してきたわよ。知らない人だった。イケメンだったけど」
あっけらかんと答える彼女。対して僕は完全に意気消沈していた。
「じゃあさ……どうしよう」
「どうしよう、って。何を?」
「だから君はこのまま、僕と結婚しても構わないのかって話だよ。他に運命の相手がいるっていうのに」
「えっ、わたし嫌よ。今から結婚式キャンセルとか。恥ずかしい。それにイケメンでも、さすがに見も知らぬ相手と、いきなり結婚とか。わたし無理だわ-」
「でも……」
煮え切らない態度の僕に。彼女はどこからかハサミを取り出して、赤い糸をチョキンと切ってしまう。
驚き呆然とする僕に
「ほら、手」
彼女は僕の左手を取ると、小指にさっきの赤い糸を結びつけてしまった。赤い糸はしばらく、陸に上がった魚のように暴れていたが、やがて落ち着いたらしい。結び目は消えてなくなってしまった。
あとは僕と彼女の間を繋ぐ、赤い糸のみ。
「運命なんて自分で切り開くものよね」
彼女はドラマなんかでお馴染みの台詞をいって、スッキリしたように笑った。
その後、結婚式はそつなく行われ、いまや三回目の結婚記念日を迎える。赤い糸は相変わらず、僕と嫁を繋げていた。
うん。確かに、運命とは自分で切り開くものかもしれないけれど。だからってハサミで切っちゃうことないよなあ~。
もともとの相手だったっていう、イケメンさんにも。本当に悪いことをした。でも、すみません。嫁を他人に渡す気もないんで。僕は会ったこともない誰かに謝る。
と共に、嫁だけは怒らせるまいと、改めて心に誓うのだった。