第八十四回 歯車と彗星
シヤー工作機械専用の歯車部品に革命的な彗星あらわる!
日本工業界に劇的なニュースが走った。とはいっても関係ない人には興味も起こらないだろうが。
ともかくは、その新しい歯車を使用することにより、工作機械の精度は飛躍的に向上。生産性が通常の三倍になるというのだ。こう表現すれば凄さがお分かりいただけるだろうか。
まさしく技術立国ニッポンを代表したかのような商品である。
問題はこの画期的新商品を開発した、寺恩院研究所という会社だった。
略称・寺恩研は不思議な会社である。活動は地味なもので、普段こそ話題にも上がらない。ところが五年に一度、必ず業界を驚かせるほどの新商品を開発するのだ。まるで公転して地球へ戻ってくる、周期彗星のように。
その意味でも今回の新商品は、まさに『彗星』であったのだ。
果たして寺恩研とは、どのような会社なのか。ルポライターとして興味を持ったわたしは、インタビューを申し込む。
座備社長は作業着に身を包んだ、いかにも現場主義といった人物だった。わたしは率直に質問する。
「御社では五年おきにヒット商品を出すというのが、業界では既になかば伝説となっていますが。何かヒット商品を出す秘訣などあるのでしょうか?」
すると座備社長は、軽やかに笑った。
「秘訣とはいっても、特にありませんよ。ウチはごく当たり前に、工作機械の部品開発をやっているだけですから。ただし機械の部品……つまり歯車に徹しようというのを社是にしております」
「歯車に徹するとは?」
どうやら、ここに秘訣が隠されているようだ。わたしは社長に食いついた。
「社会の歯車なんて言葉があるでしょう。イメージは良くありませんがね。ですが歯車という仲介がないと、機械は動きません。我が社は、他と他とを繋げ、社会を動かす歯車であろうと意識しているのですよ。
ですから皆さんが『何か』を必要とする折になれば、自然とニーズに合った商品を開発できる。商品がヒットするのは、だから『たまたま』ですよ」
軽く『たまたまヒットした』とはいうものの。わたしは話を聞いて驚愕した。結局は恐ろしいまでの、地道な積み重ねの結果ではないか。
会社全体が、精巧な歯車のように機能しない限り。ニーズの発生に即、対応できようはずもない。なるほど。寺恩研という彗星は、歯車細工で回っているようなものなのだ。彗星が公転するように、ヒット商品を定期的に出せるわけである。
そしてインタビューから四年の歳月が過ぎた。寺恩研が歯車としての正確さを持ち続けているのなら、そろそろ彗星の輝きが戻ってきても良い頃合いだ。
わたしは秘かに、寺恩院研究所の株を買い込んでいた。まるで天体望遠鏡を覗き込む星座少年のように、最近は経済ニュースを楽しみにしている毎日を送っている。
風木守人さんからのお題リクエストとなります。