第八十二回 兄とOL
弟である俺がいうのも何だが、兄貴は格好良い。正直、尊敬すらしていた。
兄貴は高校ではバスケ部だった。キャプテンも勤め、全国大会上位にまで導いた。しかも頭だって良い。名門大学に一発合格した。
けど大学を卒業したタイミングが悪かったんだろうな。就職超氷河期で、兄貴ほどの人材ですら、なかなか就職口が見つからず、四苦八苦していたようだ。
だから就職先を選べなかったのは分かるんだ。うん。だからって……
「兄貴は男だろ。OLとか辞めてくれよ!」
兄貴は何とかして就職口を見つけた。ただし、OL。つまりオフィス・レディーとして。
「はっはっは。なぁに言ってんだ。OLのどこがおかしい仕事だ」
「いや兄貴は男だろ。なんでレディーやってんだよ!?」
「なんでって……そりゃあ仕事だからな。仕方ないだろ、女性として就職してしまったんだから」
兄貴がうっかり面接を受けてしまったのは、女性の希望者のみ受け付けている会社だった。そこで兄貴はトントン拍子に面接が進み……女性社員として就職を決めてしまったのである。
このやり取りをしながらも、兄貴は化粧の手を止めない。最近は兄貴も化粧が上手になってきたのが、更にムカつく。自慢の兄貴だったていうのに、悔しがれば良いのやら、情けないやら。
すると兄貴は制服のタイトスカートを履いて、ひとつ溜息をついた。
「いっとくが仕事は一生懸命にやってんだぞ? 先日もなあ、帰りの遅い日があっただろ」
「ああ憶えてるよ」
「実は後輩が仕入れの数を間違えてな。倉庫に入らないくらいの資材が搬入されてしまったんだ」
「へえ知らなかった」
「それで俺が先頭に立って、資材を受け入れてくれるトコがないか探したんだよなあ。おかげで損害はゼロ!」
「そんなことがあったんだ」
「やっぱバスケ部のキャプテンやってた経験があったからかもなー。リーダーの素養があるっての? あん時は上司でも構わず、指示を与えて使ったもんだよ」
「やるじゃん」
「それ以来、会社の後輩が俺をアニキって呼ぶようになったり、上司もニーサンって呼ぶようになったんだよなー。なっ、俺ちゃんと兄貴してるだろ?」
「だからソコまで認められてるんなら、もう男でいいだろ!? 男として仕事しない理由になってないよ!?」
「よおし準備完了。さて今日も元気に出勤しますかね」
「だから得意気にウィッグかぶってんじゃねえー! 口紅してんじゃねえー!」