第八十一回 卒業とすれ違い
卒業証書の入った筒をクルクルと回しながら、正樹はひとりで先に高校の正門を出た。すると誰かが自分に大きく手を振っているのに気付く。
中学校のセーラー服に、やはり手には卒業証書を入れる筒を持っている。
「美捻[みのり]も今日が卒業式だったんだな。いいのか? 友達とかと記念に何かあるだろうに」
「いいんだよっ。ねえ、せっかくだから一緒に帰ろうよ」
ふたりは同じく歩みを進める。
正樹と美捻、ふたりは幼なじみだ。家は隣同士。ずっと兄妹のように過ごしてきた。正樹が兄で、美捻が妹、というわけだ。
「高校卒業おめでとう、正樹兄ちゃん」
「そちらこそな。中学卒業、おめでとう」
「来年からは、わたしもあの高校に通うからね。先輩?」
「先輩っていっても……もう俺は高校にいなくなるからなあ」
正樹と美捻は、三才の年が離れている。だから正樹が中学校を卒業する頃に、美捻はやっと中学生になれる。正樹が高校を卒業してから、美捻は高校生になる。
ふたりが同じ学校に通えたのは、小学校の頃までだ。
「でっ、でも高校の制服だって再来週には出来るんだよ? せっかくだから制服姿くらいは見納めしてよね?」
すると正樹は苦い笑顔で。
「ごめんな。急ぎの用があるとかで、渡米が早まったんだ。来週中には出ないと。美捻の制服姿、見れそうにない」
正樹は高校卒業後、日本の大学には進学しなかった。人の薦めもあって、アメリカの大学へ留学することにしたのだ。
「そんなあ……」
「でもメール送るからな、寂しくはないさ」
美捻はもともと、県下随一の進学校である、正樹の高校へ行けるほど成績は良くなかった。だが無茶なほどの勉強で、頑張って合格を勝ち取ったのだ。
なんで、そんなに頑張ったのか。美捻は正樹にだけは教えなかった。そして結局、正樹はその答えに気付けなかったらしい。
とうとう自宅に到着してしまう。
「じゃあな」
軽い挨拶だけで別れてしまう。
高校受験は頑張ったけれど。アメリカ留学はさすがに無理だ。いつか正樹に追いつけるかって、無茶したのに。これからはもう、すれ違うことすらなくなってしまった。
「もう、無理かあ」
とうとう、正樹と美捻はすれ違ってばかりで。美捻の、妹としてではない、ほのかな恋心にも、正樹は気付いてくれなかった。
「卒業しなくちゃ、ってことなのかもね」
美捻は誰にも内緒で、ひとりコッソリと、心の中だけで、自分の初恋を終わらせた。