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第八回 清浄と贈与

 ここは善なる精霊を信仰する教団。若き行者は次代の大僧正となるため、最後の試練に挑もうとしていた。現大僧正は行者へ告げる。

「お前は眠りの中で、善なる精霊と邂逅することができるだろう。ただし良いか。精霊の意思を全て受け入れ、決して拒絶するでないぞ」

 大僧正の呪文で行者は眠りにつくと、そこにはまばゆいばかりの光を放つ、善なる精霊がいた。


 善なる精霊はまず、何もない空間から食べ物を次々と出した。世界中、古今東西の贅を尽くした料理が所狭しと並ぶ。何事かと驚いた行者だったが、「精霊の意思を拒絶してはならない」という大僧正の言葉を思い出し、ありがたく食べることにした。

 次に精霊は黄金に宝石と、きらめくばかりの宝物を山ほど出した。行者はこれも精霊の意思ならばと、ありがたく貰うことにした。

 次に精霊は美しく蠱惑的な女を出した。行者は女たちとの愛に溺れ、試練のことを忘れていた。

 いつしか行者はこの世の絶対なる暴君となっていた。気紛れで自在に天を曇らせ、ワガママのまま自由に大陸を割り、徒[いたずら]に海を汚した。

 ここまで来て行者は、善なる精霊の変化に気付く。輝きはすっかり失われ、その身はボロボロになっていた。行者は気付く。精霊は自らを顧みず、身を削って、行者へ尽くしてくれていたのだと。


 そこで夢から醒めた。


 大僧正はニヤニヤと笑いながら、起き出した行者の顔をのぞき込む。

「どうじゃった。善なる精霊とはいかなる存在かわかったか?」

「あれは……この世すべての恵みを育み、人にとって余るほど富を、尽きず与える。善なる精霊とは、豊穣なる大地そのものだったのですね」

「その通り。アレは生命を育むというだけの存在であるがゆえに、まさしく純粋に善を施そうとする。ただ、それだけの存在じゃ。本来なら崇拝されるべきモノですらない」

 行者は肩を落とす。

「こうして目が醒めたということは、私は大僧正の言葉に逆らい、精霊の意思を拒絶してしまったのですね。試練は失敗ですか」

「なぜ精霊の施しを拒否してしまった?」

「自らを省みず傷だらけになった精霊を、気の毒に思ってしまったのです。……ですが完全なる善とは、本来そうあるべきだったのに。私は堪えられなくなった。

 それだけではありません。余りに膨大な施しを行う精霊へ、自分はこのままで構わないのか。精霊に二心があるのではないか。自分も何かすべきではないかと恐くなってしまったのです。……相手は完全なる善。二心など、あろうはずがないのに」

 行者の報告を聞いた大僧正は、自らの袈裟を脱ぎ、行者へと与えて「お前が次の大僧正だ」と笑った。

 行者は戸惑いを隠せない。

「なぜ精霊のような善性を持てない不完全な自分が大僧正の身分を継げましょうか。そもそも、この試練は精霊の施しを拒絶すれば失格だったのではないですか?」

「いいや、それは違うぞ。有限たる人間に、精霊の純粋さは堪えられぬ。自らの愚かさを、相手に投影してしまうからな。定命たる人間に、精霊の施しは余る。ゆえに人は精霊のように、尽きない善を行えない。人は精霊のようにはなれんよ。

 だが人は、矮小であるがゆえに、おもいやりを持つ。他人の二心を恐れるゆえに、感謝し返礼しようとする。それは精霊には不可能な、人だけの善性じゃ。

 善なる精霊を信仰するとはいえ、教団を成すのは人の群れだからな。身の程を知った、お人好しの臆病者にならば任せられる。精霊様を利用しようとするバカどもから、精霊様をお守りする役目をな。

 それに……」

 最後に先代の大僧正はガハハと豪快に笑って、新たな大僧正の肩を強く叩いた。

「夢とはいえ、膨大な欲望を満たしたんじゃ。そんな人間はもう、おかしな欲を出したりせんじゃろ」

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