第七十七回 蜘蛛と護符
安登子は友人の成恵から、旅行土産としてドリームキャッチャーという工芸品を渡された。
ドリームキャッチャーとは、蜘蛛の巣を象った、いわゆるお守りだ。悪夢を蜘蛛の網に捕らえ、良い夢だけを眠っている人に運んでくれるという。
安登子はドリームキャッチャーをもらい、友人の気遣いにとても喜んだ。というのも、事情がある。現在、安登子はストーカー被害に遭っていたからだ。
ある日のこと。マンションのポストに入っていた、宛名も消印もない手紙。そこには安登子の個人情報や、彼女しか知らないはずの日常生活について書かれていた。
一体どこの誰が、プライベートについて知り得たのか。そもそも何の目的があって、こんなことをするのか。意味が分からない。
もしかすると、今も誰かに監視されているかもしれない。そう考えると夜も眠れなかった。が警察は真面目に取り合ってくれない。
心労が重なっている、そんな頃合いのドリームキャッチャーである。成恵の意図は言わずとも分かっていた。ストーカーが早く捕まり、安らかに眠れますように、ということなのだろう。
ドリームキャッチャーは悪夢を捕まえるのだから、本来なら寝室に飾るものなのだろうが。人であるストーカーが早く捕まりますように、という願いも込めて。安登子はドリームキャッチャーを玄関に飾ることにした。
ちょうど物をひっかけやすそうだったので、ブレーカーケースの上からドリームキャッチャーを設置してしまう。
その数日後。
安登子のマンションに男が訪問していた。安登子の元彼である。安登子のストーカー被害について聞き、自分にも何か出来ないか。相談しようということで、部屋に来たのである。
「安登子ん家も久しぶりだな」
「やだ、そんなキョロキョロしないでよ」
靴を脱ぐ間、元彼は部屋の様子を何度も見渡していた。と、ある物に気付いて目線が止まる。
「アレ何だ?」
「ドリームキャッチャーのこと? 悪い夢を捕まえてくれる、っていう蜘蛛の巣のお守りなんですって。成恵のお土産」
へえ、と関心を示しながら元彼は、だが安登子に招かれるまま、部屋の奥へ進む。
「ソファにでも座ってて。お茶でも入れるから」
そして安登子は台所へ向かおうとした。そこで思い出す。そういえば彼は紅茶派なのに、茶葉を切らせているのだった。コーヒーでも構わないだろうか。確認するため、Uターン。
だが元彼は居間にいなかった。不思議に思うが、玄関から物音がする。そっと様子をうかがうと、元彼はドリームキャッチャーに手を伸ばしていた。
「何してるの?」
オーバーアクション気味に、驚く元彼。
「いいい、いやさ。こんなの趣味悪いだろ。外してやろうと思って」
その返答は、心なしか声が震えていた。まるで、咄嗟に吐いた嘘のように。
怪しい元彼の行動。加えて何より、妙な愛着を抱き始めたドリームキャッチャーに手を出そうとしたのが、安登子の気に入らなかった。
「勝手にやめてよね! せっかくのお守りなんだから!」
安登子は元彼の手をどけようとした。だが元彼も、どうしてもドリームキャッチャーを外そうとして止めない。ふたりは、取っ組み合いになった。
その結果、どちらかの腕が激しく当たったのか、ブレーカー盤のカバーが外れ、派手な音を立てて落ちる。そして安登子は目撃する。カバーの裏には、何らかの機械が張り付いていた。
「盗……聴器?」
安登子が不意に呟いた瞬間。元彼は奇妙な叫び声を上げながら、靴も履かず一目散に外へ逃げてしまった。
後に重い腰をようやく上げた警察により、元彼はストーカー犯として逮捕される。そして警察を通じ、安登子も詳しい事情を聞いた。
どうやら元彼は安登子とヨリを戻すために、ストーカー事件を起こしたらしい。安登子が困ってから、自分が解決すれば、惚れ直すだろうと考えていたという。自作自演というわけだ。
顔見知りなのだから、盗聴器を仕掛けるのは簡単だった。ブレーカー盤に仕掛けたのは、コードを伸ばして電源を確保するため。
だが、ある日から突然、盗聴器からの電波が届かないようになった。原因を知るため、相談という名目で安登子の部屋に招待されることにした。すると、そこにあったのがドリームキャッチャーというわけだ。
盗聴器が気付かれた様子はない。しかし、どうしても気味が悪くなりドリームキャッチャーを撤去しようとして、逆に盗聴器の存在が明るみになってしまった。
「ということらしいわよ?」
安登子の話を聞いて、成恵は奢りのパフェを頬張りながら、不思議なこともあるのねぇ、とうなずいた。今ふたりは喫茶店にいる。事の顛末を話し合っている最中だ。
「悪い夢だけじゃなくって、盗聴器の電波まで捕まえてくれるのね、ドリームキャッチャーって」
「いやー、そこはさすがに盗聴器の調子が悪くなったとか、偶然でしょうけど」
安登子はくすくすと笑う。
「で、ストーカーはいなくなったわけだけど。ドリームキャッチャーはまだ飾っているワケ?」
「ええ、今じゃわたしの頼もしいボディガードですから」
「でももう捕まえる悪いモノなんてないでしょ」
「だから今度こそ、わたしに元彼みたいな悪い虫がつかないよう、蜘蛛の巣に捕まえてもらおうと思ってね」