表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/100

第六十一回 猿も木から落ちる

 この不景気。やっとの思いで就職した、小さな町工場。そこには周囲から名人と呼ばれる人がいた。

「イッさーん、鉄板の穴空け。全部終わりましたー」

「だったら、こっち来て隣で手伝え」

「ウッス」

 イッさんと呼ばれている、少々口汚い、油にまみれた初老のオッサン。彼こそ名人と呼ばれている男だ。だが俺は未だにイッさんのどこが名人なのか。その凄さは知らなかった。

 だってこんな仕事。手順を慣れれば誰でも出来るようなものだし。名人とはいってもせいぜいが、少しだけ成功率が高い程度だと思っていたのだ。

「オイ。手元、気をつけろよ」

 どうやら俺は集中できていなかったらしい。機械を使う仕事だ。指の一本も切り落とされては堪らない。俺は気を改める。

 とその瞬間。イッさんの方が失敗した。甲高い音を立てて、機械のブレードが割れる。材料の鉄板も廃棄するしかないくらいに歪んだ。イッさんは慌てて機械の電源を止める。俺もフォローしなくてはと、機械の電源を止めた。

「大丈夫っすか、イッさん」

「おう。怪我はない。だけど……アッチャー。ブレードも鋼材もお釈迦だな。交換だわ」

 機械を修理するイッさんを手伝いながら、俺はふと思ったことが口に出てしまった。

「イッさんも失敗することがあるんすね。ははっ。まさに猿も木から落ちるだ」

 しまった。目上の人間に対して偉そうな口を聞いてしまった。怒られるかもしれない。ところが身構えても、イッさんからは何の反応もない。どうやら何かに集中していて、聞いてなかったらしい。

 ホッと安心した俺に、イッさんは振り向くと、さきほどの失敗した鋼材を凝視している。なにやら様子がおかしい。

「どうしたんすか、イッさん」

「見てみろ、鋼材のココ。色が変わっているだろ」

 指さされた箇所を見てみたが、何のことかサッパリ分からない。いわれれば確かに、うっすらと線のようなものが微妙にある……気もするが。俺には油汚れとの判別ができない。

「どうやら製材ん時に温度が変わったか、混ざりモンがあったんだな。ココだけ硬度が変わってんだよ。だからブレードが折れちまったのか。お前も同じ失敗しないよう、良~く見ておけよ」

 すみません。だから俺では参考になりそうな気がしません。そもそも俺だったら舌打ちのひとつもしてから、淡々と片付けて終わりだろう。

「これだから、この仕事は奥が深いよな~」

 楽しそうに呟きながら、手を動かし続けるイッさんを見て。俺は彼が名人と呼ばれるゆえんを実感していた。

 木から落ちようとも、やはり猿は猿。名人も確かに失敗することがある。だが失敗してからの仕事が名人だったということか。

 気分転換に、ことわざから短編を作ってみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ