第六回 結婚と油
もう一時間は対向車もいない山中の道を、僕らはずっと走っていた。僕は助手席に、そして運転しているのは、フィアンセの彼女。結婚の報告をするため、僕らは彼女の生まれた村へと向かっていたのだ。
と彼女がカーステレオのスイッチを切ってしまう。途端、車内は静寂になる。
「どうしたんだい?」
「分かっているのよ、あなたの企み。そろそろ本音を聞かせてもらっても良いんじゃない? 私に近付いたのは、私があの村の出だから。でしょう?」
「勘違いしてもらいたくないんだが……」
「ええ、分かっている。あなたは私を本当に愛してくれているし、私もあなたを愛している。それは真実。でも村へ着く前に、確認しておきたいの。民俗学者としての、あなたの願いをね。私もあなたに協力するつもりだから」
「やれやれ、気付いていたとはね。そうだ、最初、君へ近付いたのは、君があの村の出身だったからだ。そう。その昔、処刑を免れたキリストが日本へ流れ着き、住んでいたというね。
正直に告白しよう。僕の狙いは君の村に伝わる、真実の歴史。そして秘儀の数々だ。その中にはバチカンですら失った古代の秘儀。神が聖者エノクへ施した聖油の祝福に関する伝承まで残っているそうじゃないか。凄いよ。その秘儀を知れば、人の身が、神として聖者を仕立て上げることすら出来るわけだ」
「呆れた。どうやったのやら。そこまで調べがついているのね」
「だが、その知恵は外部に決して明かされることはない。ただし、一族と血を共にする……つまり結婚相手にだけは例外的に伝授されると」
「その通り、更に補足すると。古代ギリシャのデルフォイ神殿に伝わる技法こそが、その秘儀の基となっているそうよ」
「驚いた……。エノクの祝福だけでも奥義中の奥義だというのに。フリーメーソンどころか、世界中のどんな魔術結社でも持っていない古代の知恵を、君の村は今に伝えているというのかい? 世界史がひっくり返るぞ」
「ちなみにソレがどんな儀式かってゆーとォ。聖別した油を全身に塗った屈強かつオイリーな男たちがあなたにレスリング勝負を挑んでくるから勝って頂戴。それが結婚の試練になるから。彼らの名前は東方ガチムチ三賢人。あっ、あと古代オリンピック方式ということで、レスリングの試合中は一糸たりとも衣服の類は着ちゃいけないから。もちろんパンツも駄目。フルチンで油塗れの筋肉男たちと、組んずほぐれつ、お願いね」
「え」
「いやー、ここまで知った上で私と結婚してくれる気になるなんて。やっぱ都会には奇特な人がいるものよねー。らっきー」
「すまない。用事を思い出したんだが」
「さー、そろそろ村が見えてきたわよー。事前に連絡してあるから早速、儀式開始ね! れっつごー」
「たーすーけーてー」