第五十九回 地獄と虚偽
天下江戸を我が物にした悪徳豪商の義兵衛さんも、病気には敵わない。流行り病でポックリと逝っちまった。今じゃ体は荼毘に付され、タマシイだけが三途の川のほとりにいる。ところが義兵衛、三途の川から先に進もうとしない。
「さあて困ったぞ」
なにせ義兵衛といえば一代成り上がるため、弱い人々を騙してきた。いや、人を騙してきたからこそ、豪商・義兵衛があるといって構わない。
だけど聞く話によれば地獄の閻魔様は、嘘吐きの舌を引っこ抜いてしまうという。テメエが死んだのは、どうだって良い。地獄でもっかい成り上がれば済む話さ。だけども、舌先三寸って商売道具を取られちゃあ、嘘吐き商いもままならぬ。
そこで義兵衛は一計を案じた。
「次、義兵衛の評定に入る」
閻魔様、義兵衛の様子を見て驚いた。針と糸で自らの口を縫い合わせているのだ。これには閻魔様も困り果てた様子。
「ムムム、口が閉じられていては舌を抜けぬ。そもそも義兵衛が本当に嘘吐きなのかどうか、話が聞けなければ分からぬではないか」
困る閻魔様を見て、シメシメ上手く行ったぞと義兵衛。悩みに悩んだ閻魔様だが、ついに諦めた。
「仕方がない。義兵衛よ、お前は極楽にでも行ってくるが良い」
やった。俺は閻魔様をも騙したぞ。義兵衛は口を閉じたまま、喜び勇んで極楽浄土へ向かった。
極楽に到着すると、そこには見たこともない馳走に、美味そうな酒があふれている。義兵衛はさあ、たらふく頂こうと口を縫っていた糸を抜こうとした。だが糸は固く結ばれ、どうしても解けない。
至上のメシを目の前に、飢えるだけで死ねない体。極楽浄土にいながらにして、義兵衛はどんな地獄よりも辛い責め苦を味わうこととなった。もしやこれは、閻魔様の仕業か。そこで義兵衛は初めて気付いたが、もう遅い。
閻魔様を騙すつもりが、こちらが騙された。義兵衛さん、舌は抜かれなかったが、代わりに「出し」抜かれた。