第五十五回 友人と進化
「かんぱーい」
缶ビール同士を軽くぶつけた。ふたりの男女がコタツに入り、鍋を囲んでいる。今日は彼女の誕生日だ。
「あっ、ケーキは冷蔵庫に入れてあるから」
「了解了解……にしても、我ながら色気のないバースディだねえ」
と彼女は笑う。ふたりは腐れ縁の仲だった。
「なあ覚えてる? お前の誕生日にさあ、何年前だっけ」
「流石に覚えてるよ。夜景の綺麗な高級レストラン。あん時ゃー、君の滑り方がすごくて、笑っちゃったのも仕方ないと思うのよね」
「そんなにか」
五年前、彼女の誕生日。彼は友人関係にある彼女へ、恋人になってくれと告白した。だが、ふたりは恋人同士になれなかった。
かといって別れることもなく。代わりに「やっぱりお友達でいましょう」ということで、まさに気心の知れた親友のような関係をダラダラと続けている。
「結局、私たちって恋人なんて、スペシャル過ぎて似合わなかったんでしょうねえ」
「確かにな。高級レストランはもう懲りた。こうして鍋でもつつきながら、一緒にダベっている方が気楽かもな」
「へへっ」
ふたりは友人から、恋人になれなかったのだ。
「でもさ、俺たちもう五年もしたら、お互い何やってんだろうな」
「そもそも、今の私らって、どんな関係なのか。良くわかんないしねー」
「仲は悪くなくって、付き合いは長くって、一緒に住んでいて……」
「たまにセックスしたりして?」
イタズラげにニヤリと笑う彼女。けど……
「でも恋人同士じゃない」
思わず両者とも黙りこくってしまう。
少しの気まずい沈黙を、彼は打破するように、コタツ布団の中から小箱を勢いよく出した。
「だーかーらー、買ってきましたよ。今時、給料の三ヶ月分で。はい、誕生日プレゼント!」
意表を突かれて驚く彼女に、彼は顔を真っ赤にして語る。
「皆からいわれたよ、お前らとっくに長年連れ添った老夫婦みたいなモンじゃないかってな。だから俺ら、恋人にはなれなかったけど、夫婦にはなれるんじゃね?」
彼女は恐る恐る小箱を開け、それから満面の笑みを浮かべる。
「私ら、いつまでもダベっているのが楽しいから、一緒にいたんだし……まっ、そういうのもアリかもね?」
かくして、ふたりの友人関係は今夜を期に、次のステップへ移ったのだった。