第五十回 眼鏡と悪魔
祭壇には生け贄の山羊。天には満月。星辰の位置も間違いない。魔術師が呪文を唱え終わると、地面に描かれた六芒星から炎が吹き出した。炎は人の形を成し、人の言葉を語る。
「我を召喚したのは汝か?」
「そうだ。悪魔よ」
成功だ。魔術師はローブのフードを脱ぐと、中から眼鏡をかけた知的そうな青年の顔が出てきた。だが、まだだ。肝心なのは契約を交わしてからだ。
「召喚されたからには仕方がない。古代からの盟約に従い、貴様の願いを何でもひとつだけ叶えよう。さあ遠慮なくいってみるが良い。富か? 女か? 不老不死か? いや世界の王にでもなれようぞ」
魔術師は一拍置いてから、嘆願するように願いをいった。
「我が目に映る全ての女性を眼鏡っ娘にしてくれ!」
一気に下がる悪魔のテンション。正直ないわー。よく見ると魔術師のローブには『眼鏡っ娘教団』と大きく刺繍されてあった。
「いやー。もう自分、眼鏡っ娘しか見たくないワケっすよ。裸眼とかありえね。コンタクトレンズ工場とか、マジ潰れろ。でもねー、教団員たる者、紳士じゃないといけないワケっすよ。紳士なら、女性に眼鏡をかけろとか強要できないワケで。だったら、自分の視界の方をどうにかすりゃ良いんじゃね? そうすりゃ、世界の方が変わるわけで。ってマジ、ナイスアイデアだと思うんですよねー」
悪魔は突発的な頭痛に耐えながら、だが契約を続ける。
「その願い、聞き届けてやろう。はーっ!」
悪魔が両手を掲げると、魔術師は閃光に包まれた。やがて魔術師は目が慣れてくると、違和感に気付く。
自分はこんなに髪が長かっただろうか。背も低くなり、手足も心細い。しかも着ている服がローブから、セーラー服とスカートになっている。
「おい悪魔、いったい俺に何をした」
問いかけて気付く。自分の声が女性のものであることに。まさか……? すると悪魔は邪悪に笑った。
「はっはっは。その、他人を映す貴様の目。視界どころか、貴様自身を眼鏡っ娘にしてやったぞ。これなら、いつでも眼鏡っ娘を見られるだろう」
と悪魔は大きな姿見の鏡を召喚した。鏡に映るのは間違いない、自分であるはずだ。だがその自分が確かに、三つ編み眼鏡っ娘の図書委員風な女子高生になっている。
「どうだ、欲深い人間め。驚いたか。ざまあみろ」
悪魔の哄笑が響く。魔術師は鏡を見つめたまま、身じろぎひとつしない。あんまりにも沈黙が長すぎて、悪魔も笑っていられなくなってきた。
「お、おい。ショックなのは分かるが……」
「やだ、かわいい」
「えっ」
さっきまで魔術師だった眼鏡っ娘女子高生は、うっとりと自分の姿を見つめている。
「そうか。他人に眼鏡っ娘を求めるから苦しかったんだ。自分自身が眼鏡っ娘になってしまえば良かったんだ。ありがとう、悪魔さん!」
キモッ。これ以上、余計な願いをいわれては堪らない。悪魔は慌てて、元いた地獄へ帰ってしまった。
「ヒャッホー! これからは女子校に潜入して、眼鏡っ娘同士で百合ちゅっちゅとか目指すぞォ!」
残されたのは哀れな魔術師の悲鳴のみである。ただし嬉しい方向へ、だが。