第五回 蝶と鋼
「お願いします、マスエトロ! 私を弟子にしてください」
「すまんが、他を当たってくれんか」
「職人は数多くいれど、マスエトロほどの美しさと儚さを表現できた者は他にはいない。私はその奥義を知りたいのです」
「ふん、こんなモノがそんなに良いものかね」
「こんなモノだなんて……鋼蝶[スティール・パピヨン]は癒しの効果があるとして需要は高まる一方だというのに。どんな優れたAIにも再現不可能。ただ熟練した職人だけが製作を可能にする。発達した科学技術で不可能のなくなった現代でも。人類が誇るべき、素晴らしい芸術品ではありませんか」
「芸術品なあ。ワシはそんな大した物のつもりで、コイツを作っておらんのだ」
「えっ、ではマスエトロはなぜスティール・パピヨンを作っているのですか」
「若いの。蝶、という生き物を御存知か」
「残念ながら……」
「ワシはその昔、子供の頃。生きて羽ばたく蝶を、一度だけ見たことがある。その時の感動を再現したくて、今でもこんな紛い物を作っておるのじゃ」
「だったら私もその蝶を見ればマスエトロの奥義を知ることができるということですね!?」
「ああ、だが蝶はとっくに絶滅してしまった。アーカイブにも残っていないやもしれん。もはや蝶を知る、ワシこそが人類最後の……」
老いたマスエトロは顔を伏せると、滂沱の涙を流した。