第四十八回 ぬいぐるみと海賊旗②
客船バット・クライン号は海賊の襲撃を受ける。乗客の持つ貴金属や宝飾品はかき集められ、フォアデッキ[船首甲板]に積み上げられた。
不安そうな船員乗客が見守る中。だが海賊たちの船長ロジャーは、もっと暗い表情をしていた。
「金持ちのいる豪華客船でもなけりゃ、この程度か。シケてやがるな~」
久しぶりの獲物と思いきや、どうにも儲けが割に合わない。言葉尻には溜息が混じった。仕方なくサーベルの先で、宝飾品の小さな山を崩してみる。
「先祖代々のバッカニア家業も俺の代で店じまいかねえ……ん? なんだこりゃ」
すると中から変な物が出てきた。それは、クマのぬいぐるみだった。
「誰だ、お宝ん中にこんなモノ入れやがったヤツは! 海賊ロジャー様をナメてんのか。出てきやがれ!」
遠巻きに自分たちを取り囲む船員や乗客に向かって、ロジャーはぬいぐるみを見せつける。すると怯える人垣の中から出てきたのは、ひとりの少女だった。
なるほど。こんな嬢ちゃんにとっては、確かにぬいぐるみもお宝に違いねえ。きっと、お宝を集めていると聞いて、一緒に入れたんだな。ロジャーは納得する。
だが、ぬいぐるみが海賊にとって無価値なのは変わりない。ロジャーは屈んで、少女と同じ目線になると、出来るだけ優しげに笑おうと勉めた。
「残念ながら、俺たち海賊にゃあ、君のお友達は必要ないんだ。コレはお嬢ちゃんに返すよ」
ところが少女はぬいぐるみを手に取ろうとしない。何か言いたげにモジモジしているかと思ったら、次いで少女の口から出てきたのは、驚くべき発言だった。
「ねえ海賊さん、お願いがあるの。この子を海賊の仲間にしてくれないかしら?」
「はあ?」
「この子の名前はね、ジョリー。勇敢な男の子なの。
私が病気の時に、治りますようにってお母様が作ってくれたのよ。だから海賊さんにも、きっと天使様の御加護があるわ」
ワケがわからない。だが少女は頬を赤くして、まくし立てた。
ええい、面倒なのに関わってしまった。だが無碍に扱うのも気分が悪い。コイツの保護者はどこ行ったんだ。早く引き取ってくれ。キョロキョロを辺りを見回すが、誰も大人が出てこない。
「なあ、お嬢ちゃん。そのジョリーとやらを作った、お母ちゃんはどこだい?」
と、そこで少女の勢いがなくなった。
「お母様はね、病気で亡くなってしまったの。だから、ジョリーとふたりで、お父様が事業をなさっているニューヨークへ行くのよ」
上品な英語してやがる。べべも生地こそ上等じゃねえが、丁寧な作り。この娘子がどんだけ愛されて育ったかは分かる。だが嫁の病気にもなって、父親は帰らない、か。捨てられたな? しかもガキが一人で長旅ということは、身よりもない、っと。
そこまでロジャーは瞬時に見通した。上で秘かに、ひとつの決意をする。
「なあ嬢ちゃん……君のお母さんが作ってくれた、いってみりゃあ形見を俺なんかで、本当に良いのかい?」
少女は力強く首肯する。ロジャーはその合図を確認すると、海賊帽の幅広いツバに、ぬいぐるみをポンと載せた。
そして号令を上げる。
「おい、野郎共! 引き上げだ! お宝なら置いてけ。早く船に戻りやがれ」
すると手下たちから不満の声が出る。
「ええ~、船長。そりゃナイっすよ~」
「うるせえ。この程度、歯クソの地上げにもなりゃしねえよ!
それよりも今日は新しい仲間の歓迎だ。俺が奢ってやるから、とことん呑むぞ!」
酒が呑めるとなれば話は別だ。不満もそこそこに、海賊たちはサッサと立ち去ってしまった。
客船から離れてゆく海賊船へ、最後に少女は祈りを捧げる。
「あなたに加護があらんことを」
黒地にドクロと、交叉した二本の剣という、典型的な海賊旗のことを「ジョリー・ロジャー」と呼ぶ。
クマのジョリーと、海賊ロジャー。ふたり合わせて、ジョリー・ロジャーの海賊旗。ゆえに後のロジャーについた字名が、ジョリー・ベア・ロジャー。美人とガキにゃあ滅法弱い、熊の海賊旗ロジャーである。
普段は海賊帽に載せている、ぬいぐるみジョリーだが。いざ「おしごと」ともなれば、海賊旗と共に掲げられた。その様は、クマのぬいぐるみが海賊旗を手にしているように見えたという。
各国の私掠船廃止令により、海賊たちの黄金期は終わって久しい時代。
ロートルよ、時代遅れよと笑われながら、だがロジャーは大洋を駆け抜け、暴れ回った。海軍の軍艦と戦って沈められるまで。
だが傍らには常に、相棒のジョリーがいたという。彼らへ天使の加護が本当にあったのかどうか、それは誰にも分からない。
小説書き仲間の、と~か君からもらったリクエストになります。タイトルに「②」と付いている通り。このお題で、ふたつのアイデアが浮かんだため、両方書くことにしました。