第四十七回 ぬいぐるみと海賊旗①
商船セント・ブランケット号は外洋を漂う遭難船を発見。
そこで船長が英国紳士らしく、救難に向かったのが悪かった。
「ガ~ハッハ、まさか今時、こんな間抜けがいるとはな!」
上甲板を歩きながら、海賊の御頭が豪快に笑った。片腕は鈎の義手、片目には眼帯、派手な帽子とコートという。むしろ商船員たちの方こそ、「今時、こんな海賊がいるとはな」といいたくなる位の、海賊としてクラシカルな出で立ちである。いや、そもそもこの御時世に海賊という存在がまだ残っていたというのが脅威だが。
彼らは出港してすぐ、嵐に遭遇。マストを折ってしまい、航海不能になったところを、商船に助けられた。が、そこは海賊らしく逆に商船を乗っ取ってしまったのである。
商船に乗っていた船員たちは、海賊たちが元から乗っていた遭難船に押し込めておいた。なあに、運が良ければ助かるだろう。自分たちのように。
「で、コイツにはどんなお宝が積まれてるんでゲスかね?」
船体各部を確認し終わった副船長が、下卑た質問をする。すると御頭は副船長の頭を小突いた。
「バッキャロー、オメエには分け前しか考えられねえのか。まさに、ここに! 最大のお宝があるってぇのにヨォ」
「???」
最大のお宝が何を意味しているのか分からず頭をかしげる副船長を、御頭は再び小突く。
「この船だよ! こいつぁ、最新鋭のクリッパー[快速帆船]だ。俺たちが今まで使っていた、おんぼろガレオンとは大違い。船足でコイツに勝てる船なんざ、海軍にだっていやしねえよ。ということは、だ……俺たちゃあ、コト海の上においては最強の力を得たって話さ」
「すげえ、さすが御頭。あったまいい!」
感動する副船長。だが御頭はきびすを返す。
「それはそれ。この船にどんなお宝が積み込まれているのか、確認はしねえとな。副船長、船倉へ行くからついてこい!」
「へいっ」
「ぐへへへ。クリッパーってえことは、インドあたりの紅茶でもたんまり積んでんのかな~?」
その時、ふたりが見たものは……
「「な、なんじゃこりゃー」」
数日後。客船クイーン・ロンジ号、航海中のこと。船長はつぶやいた。
「そういえば知っているかい。この近辺には海賊が出るそうだよ」
「ええっ、今時に海賊ですか」
驚く副船長。
「ははは、あくまで噂だよ噂。だが警戒だけは怠らぬようにな」
その瞬間、見張りから緊急の報告が入った。
「船長! 前方に不審船を発見。どうやら海賊旗……? を掲げているようです」
うん確かに今時、海賊なんて珍しいだろう。だがなぜ報告が途中から自信なさげになるのだ。船長は発見したという不審船を、望遠鏡を使い自ら確認してみた。途端に吹き出して、大笑いする。
不審船はどうやら確かに海賊船らしい。だが船のアチコチを、雲のようにフワフワした巨大な毛玉でデコレーションしていた。ドクロに交叉した剣の、おどろおどろしい海賊旗すら例外ではなく飾り立てられ、とても可愛らしい。
別の意味でクイーン・ロンジ号が混乱している隙に、不審船は驚くべき船足で接近してきた。そしてクイーン・ロンジ号の船員たちは恐るべきものを見るのである。
不審船には海賊がいた。今まさにクイーン・ロンジ号に乗り込んで、襲いかかろうとしている。が、問題はその姿だ。全身これモコモコ毛玉に埋もれ、動くヌイグルミにしか見えない。その上にちょこんと海賊帽が乗って、カトラス刀を持っている。
とってもファンシーな海賊だった。
商船セント・ブランケット号はティー・クリッパー[紅茶輸送用の快速帆船]ではなく、ウール・クリッパー[羊毛輸送用の快速帆船]だった。
嵐によって運良くセント・ブランケット号乗っ取りに成功した海賊だったが。運は巡るもの。再び彼らを嵐が襲う。なんだかんだあって、船底と船室の間にあるデッキが破損。大穴が空いて、積み荷の羊毛が溢れ出した。
結果、海賊旗から船体から船員から船長まで。羊毛まみれになったのである。
この間抜けな海賊は後に「ふわふわヒゲ」と呼ばれ、人々を恐怖に突き落とした。ただし腹筋的な意味で。
小説書き仲間の、と~か君からもらったリクエストになります。もうひとつ、同じお題で作品を書こうと思います。