第三十回 友情とナイフ
シチリアンマフィアの男にとって、自分のナイフは誇りそのもの。命より大事なものだ。
ここに、とあるファミリーの会合でナイフ交換の儀式が執り行われようとしていた。ナイフの交換は、互いが義兄弟[ブラザー]となったことを意味する。
「では、フィデリオとアルトゥーロ。両名がブラザーとなったこと。私が見届けた」
年老いたビッグファーザーが儀式の終了を宣言する。フィデリオとアルトゥーロのふたりは最後に、友情のハグをした。その瞬間、フィデリオはアルトゥーロに耳打ちをした。
「ナイフにスコーピオンのレリーフ。やっと確認できたぞ。やはり貴様だったか」
アルトゥーロの背中に、突然の激痛が走る。フィデリオが自分をハグしながら、ナイフで刺したのだ。慌てて振りほどくも傷は深い。アルトゥーロはその場に倒れ込んだ。
「なぜだフィデリオ、我が兄弟よ」
「貴様が五年前に殺したジョルジオを憶えているか。ジョルジオは俺の親友だったのだ。スコーピオンのナイフだけを手がかりに、俺はずっと復讐する相手を求めていた。さあ覚悟するが良い」
とフィデリオはアルトゥーロの喉を切り裂いて殺した。一部始終を見ていたビッグファーザーが宣言する。
「友を殺された場合は必ず復讐するのがファミリーの掟。今こそフィデリオの敵討ちは成し遂げられた。我らこそが見届け人だ」
そこまで言い終えた時点で、屈強な男たちが部屋の出入り口に配置された。懐の膨らみ具合からして、みな間違いなく拳銃を携帯している。フィデリオを逃がさないためだ。
「復讐はファミリーの掟。だがファミリーを手にかけることは、決して許されない。わかっておるな? フィデリオ」
「イエス、ボス」
フィデリオは最後にアルトゥーロの瞼を閉じてやると、十字を切って冥福を祈った。そして宣言する。
「今より、ファミリーの一員にして、我がブラザーを殺害した男へ、然るべき制裁を与える!」
フィデリオはナイフを自分の頸動脈に突き立てた。
「さらば、アルトゥーロよ。お前もまた間違いなく我が親友であったのだ」
辞世の言葉を残し、息絶える。
全てを見届けたビッグファーザーは、部下にスコーピオンの印章が入ったナイフを持って来るよう命令した。
「ファミリーの掟は絶対とはいえ、義に篤い男を三人も失うとは……全く惜しいことをした」
かくして友情で結ばれた三人の男たちは、同じ刃の下に命を絶ったのである。