第二十回 雲とペン
私が子供の頃、神社の夏祭りに連れて行ってもらった時のことだったかな。わたあめ、射的、たこ焼き、くじ引きと色んな屋台が並んでいる中。ひとつの奇妙な出店が気になったの。
そこは子供だけで人だかりができていたんだけど、売られているのはボールペンだけ。そう、ボールペンといっても普通のボールペンよ? 十本いくらパックで売られているような、ごく普通のボールペン。
するとね、店番をしているオヤジがね、子供を相手にバナナの叩き売りみたいに口上を述べていたの。
「さあさあ、このボールペン。普通のボールペンじゃないよ。おいちゃんが高い山に登って、インクの代わりに雲を詰めてきた特別製だ」
といってオッサンはキャップを外して、ボールペンを何度か宙に向けて振ってみた。すると飛行機雲のような線が空中に浮かんで、しばらくすると消えてゆく。もう子供たちは夢中よ。
でもねー、値段が高いのって。一本千円もするの。それで誰も買うのを迷っていたんだけど。けど私は決心した。リンゴ飴も風船ヨーヨーも諦める。お祭り用に貰っていた、全お小遣いをかけてボールペンを買ったのよ。
だけど買ったら不思議なもんでねー。不意に中身がどうなっているのか気になったの。それでオッサンからペンを渡されるとすぐ、尻のフタをクルクルッと回してね。開けちゃったの。確かオッサンに止められそうになっていたけど、間に合わなかったのね。
そうしたら中からぼわんって、中に詰めてあった雲が一気に出てきちゃって。もう辺り一面、濃い霧で見えなくなって夏祭りは大混乱よ。気が付いたら霧が晴れる頃にはオッサンはいなくなっていたわ。屋台ごとね。まさしく雲隠れ。
「不思議なこともあったもんでしょ? で、その時のボールペンがコレでーす」
じゃじゃーんという効果音つきで彼女は、ごくごく普通のボールペンを僕に手渡した。なるほど。確かに十本いくらパックで売っていそうな、安っぽいボールペンにしか見えない。
「といっても、その時に中身は全部出ちゃったみたいで、もう書けなくなっちゃったんだけどね」
「へー」
まあ面白い冗談ではあったけど。僕は生返事を返しながら、何気なくキャップを取ってみた。なるほど、中の芯はインク切れで何も入っていないな。と振ってみる。
途端、空中に幾筋かの白い線が、薄く描かれたかと思うとすぐに消えた。そんな馬鹿な。あれは冗談じゃなかったのかよ。驚く僕に、彼女はイタズラを見つかった子供のように、舌をぺろりと出し。
「やっぱり素人じゃ、こんなもんか」
と煙に巻いたのだった。