第十九回 称号と老い
王都からは遠く離れた、とある辺境の領国にホラ吹きの大騎士様がいました。
大騎士様はワシも昔は無茶したもんじゃ、と。かつて自分が潜り抜けてきた冒険譚をするのが大好き。いわく、戦で一騎駆けし大将首を獲った。いわく、悪漢にさらわれた姫君を救った。いわく、火を吹く悪竜を退治した。いわく、この胸に輝くのがその武勲で貰った勲章なんじゃ。
毎年の収穫祭が来ると領民に酒と馳走を振る舞いながら、大騎士様は語り上げるのが好きでした。
ところが、領民はいちいち関心しながら大騎士様の話を聞くのだけれど、実のところ全て嘘だと知っていました。
ですが大騎士様は、法を守り、民の声をよく聞き、無理な重税をかけることもなく、祭りともなれば気前よく振る舞う。民にとって大騎士様は素晴らしい領主でした。ただちょっと、ホラ吹きという困った癖があるだけで。
だから民は嘘を指摘せず。大騎士様の語る武勇伝を、笑顔で聞いてあげるのでした。
そんな大騎士様にも悩みがありました。
大騎士様が持っている勲章は全て、都の職人に作らせた偽物です。もちろん、人に自慢できるような物語も本当は持っていない。
自分もそろそろ老いてきた。だが世は平和で、武勲を立てられるような戦のある気配は一向にない。もしかして、自分はこのまま騎士として無名のまま朽ちて死んでゆくのか。
せめて、せめて名が欲しい。永く語り継がれるような名が欲しい。大騎士様の焦りは募るばかりです。
そんなある日、大騎士様は盗賊団が領地を襲おうとしているとの報せを受けました。もう戦争がなくなって久しく、食い扶持を失った傭兵崩れが盗賊となって、近隣の村々を襲っていたのです。大騎士様は民を心配させぬよう黙って、たったひとりで盗賊団と戦うことにしました。
実のところ、大騎士様は知っていたのです。自分がホラ吹きだということを、民は知っていたと。知ってなお民は、自分のために黙って嘘を聞いてくれていたのだと。
だから大騎士様は今や、語り継がれるべき名など不要。ただ民草を守りたい一心でした。その姿まるで吟遊詩人の謳う物語にある、救国の英雄のように。
翌朝。異常を感じて起き出した村人たちは見ます。
甲冑は剥がれ、盾は砕け、剣は折れ、何本もの矢を受けて、全身に刀傷を負って、死んでもなお朝日の中に立つ、赤く染まった大騎士の姿を。
盗賊たちは大騎士の奮闘を前にして、既に逃げた後でした。
それから数年ののち。とある老騎士の物語が、王国中で吟遊詩人たちに語られることになります。身命をかけて民と国を守り、朝日の中に死んだ。その名も黎明の大騎士。
それはホラ吹きの大騎士様が初めて得た、正真正銘、真実の称号でした。