第十七回 偽名と錨と裁判
「お静かに! では被告は報告に間違いありませんね」
裁判官が判決木槌をカンカンと鳴らした。
「この国では偽名を使うと、重罪になります。それを理解しながら、なぜ被告人は断固として戸籍にない名前を使っていたのですか?」
被告人席で中年男がうなだれる。
「実は……わたしには過去の記憶がありません」
「記憶喪失、というものですか」
「はい、わたしは自分の名前も忘れてしまったのです。だから何でも良い。拠り所となるものが欲しかった。たとえニセモノであっても名前が欲しかったのです」
裁判官は少し考えて。
「分かりました。では被告人に判決を下します!」
男はびくりと肩を振るわせた。
「これから被告人は、グラブネルス・アンカーマンと名乗ってください。それがあなたに与えられた償いです」
驚いた男に裁判官は加えて告げる。
「錨、という意味ですよ。あなたもこの名で、自らが留まれる拠り所を見つけてください」
今やアンカーマンという名になった男は感謝して、何度も何度も裁判官へ頭を下げた。裁判官は自慢のヒゲをなでつけて、満足げだ。
「ふむ、やはり、この辺りが判決の落としどころですかね。錨だけに」
試しに三題噺も書いてみるんだぜ。
ちなみに現在メジャーなのは、ストックレス・アンカーという可動式の錨だったはず。