第十六回 カエルと家族
川津長礼[かわつ・ながみち]は実家に帰省していた。初孫の顔を母へ見せるためだ。
妻は長旅の疲れで、先に別室で寝てしまっている。居間には長礼と母と、ベビーベッドの中で、やはり眠っている我が子の三人。そこで、座卓を拭いていた母が、眠る孫を起こさないよう、そっと話し出した。
「アンタもこれで一児の父親か、頑張らないとね」
「あ、ああ……」
長礼は生返事を返すと、仏壇に線香を上げ、そっと父の位牌に手を合わせた。母はそれが自分から目を逸らされたように感じたらしい。
「なんだい、シャッキリしないねえ」
「どうもさ、不安なんだよ」
ふたりの話し声も気にせず、我が子はすやすやと眠っている。長礼は座卓上にあった湯飲みを取ると、残りの茶を飲み干した。
「自分が父親になった、って自覚がまるで起こらないんだ。まるでカエルがオタマジャクシを見ている気分だよ。皆は親子で似てる似てるって、いうけれど。赤の他人にしか思えないっていうか」
一気にまくし立てて、長礼はうなだれた。そんな息子を見て、
「父親になったっていうのに、情けのない子だねえ。ちょいとお待ち」
母はすっくと立ち上がり、他の部屋へ向かった。ゴソゴソと何かを探す音がする。そうして戻ってきた時、母は古いアルバムを手にしていた。
「ほら、御覧よ」
母はアルバムを座卓の上に広げた。アルバムに挟んであったのは、長礼が幼い頃の写真だった。何ページがめくっていると、とある写真を見て長礼は思わず笑いそうになってしまったのを、慌てて止める。
そこには自分が生まれたての、赤ん坊の頃の写真があった。赤ん坊の頃の自分は、ベビーベッドの中にいる我が子と瓜二つ。そっくり似ていた。まるで似たもの親子のように。
「まったく。アンタだって赤ん坊の頃があったんだよ。カエルが昔の自分はオタマジャクシだったのを忘れて、どうするんだい」
そういって母カエルは、息子オタマジャクシをケロケロと笑ったのだった。