匿名の電話
「はい…。こちらスメラギ出版、編集部大野です。」
梅雨も開けた七月の始まり。俺はうちわを片手に受話器を取った。窓を見るとどうやら知らないうちに夜になっていたらしい。壁に掛かった時計の針は2:15を指している。
眠い目をこすりながら俺は電話口に集中した。
それにしてもこんな夜遅くから誰なんだ…。
散らかったデスクの上にあるボールペンとメモを探しながら相手の応答を待ったがなんの返事もない。
「もしもし?もしもし?」
電波が悪いのか?
そう思い何度も相手を呼び出したが、返事がなく、数分が経った。
「……に………ろ…………こ…」
寝起きだった俺の意識がはっきりしてきたのか、それとも電波の良いところに相手が入ったのかわからないがノイズ混じりではあるもの相手の声が少し聞こえてきたのだった。
そしてもう一度耳を凝らして聞くと今度ははっきりと相手の声が聞こえた。
「たすけて!!たすけて!!」
それは間違いなく男の悲痛な叫びだった。
なんだこいつ?
新手のイタズラか?
眠りを妨げられたのと耳元で大きな声を出された怒りがふつふつと沸き上がるのを抑えられるわけもなく電話口に向かって怒鳴り返した。
「ふざけてんのかてめえ!!」
「君下…君下記念病院!!」
相手がそれだけ言うと落下音の後、鈍いドンという衝撃音。そして何か重いものを引きずる音が遠くなり、電話口からは何も聞こえなくなってしまった。
「なんなんだよ。ったく…。」
俺はとりあえず受話器を置いて、胸ポケットにしまってあったタバコを取り出し口にくわえて火をつける。
煙を吐き出すたびに昂ぶっていた気持ちは静まり、そして男が言っていた言葉が頭のなかに反響し始める。
「君下記念病院…。どっかで聞いたことあるような…。」
足の踏み場もないデスクとデスクの間を移動しながら、窓際にある壊れかけた扉のロッカーに収められているファイルの一つを取った。
【読者からの情報提供資料 か行③】
手に取ったファイルは埃をかぶり元々鮮やかだった表紙は経年劣化のせいか所々、色が剥げている。
「確か…このへんに……おっ?あったあった!」
数ページめくるとそこには色褪せて読めないところもあったもののデカデカと「旧君下記念病院の怪について」というタイトルが付けられたページを発見した。
「この辺じゃ知る人ぞ知る心霊スポットだもんなぁ。」
俺はタバコを灰皿に置いて記事を目で追った。読めないところあったが、ざっと要点は以下の四つだ。
一、山の上にある廃病院
二、深夜に行くと怪現象が起きる
三、病院のものを持って帰ると女から電話がくる
四、三日以内に返さないとその看護師の幽霊が殺しにくる。
「いや、ほんとベタだなあ。」
俺は2本めのタバコに火をつけて頭を掻きながらデスクのうえに置いたファイルの記事を見つめた。
「俺、こんなところに行ったこともないのになんで電話なんか?しかも男だったし。」
あれが病院からの電話かどうかは分からないが、電話の相手は確実に君下記念病院と言っていた。……ならば。
「仕事しないといけないし、明日行ってみるか。」
俺は次の日、例の心霊スポットへと足を運ぶことにした。
病院に着いたのは夕暮れ。山の上ということもあり辺りは暗闇に染まり始め、木々の揺れる音と虫の鳴き声にその廃病院は包まれていた。
「雰囲気あるなぁ。」
夕暮れを背にするその姿はホラー映画のワンシーンとして切り取られても違和感のないほどである。
辺りを見渡すとかつて駐車場だったと思われる空き地に一台の車が停まっていた。
パッと見た感じ放置されているというよりつい最近ここに停められたと思われる綺麗な車であった。
その車を横目に俺は病院の玄関に入っていく。外観から四階建てのコンクリート造りのよくある病院といった感じではある。しかし閉院してから何十年も経っているため、所々崩れていたり、心霊スポットととして訪れたであろう人間によりガラスは割られ、落書きも見られる。
「こんなやつらに来られたら幽霊だって迷惑だよなぁ。」
怖さよりも同情の感情の方が強くなっていくのを感じながら院内に入ると中は中で荒れ放題である。
ロッカーや椅子が倒れている受付。座面が破れている待合のソファ。廊下は割れたガラスや土で汚れきっている。
「まさにって感じの廃墟だな。確かこの奥が階段か…。」
この病院について調べたことだが、この病院が閉院したのは35年前。原因は経営者であり医院長が借金を背負った揚げ句、失踪したらしいのだが、真偽は不明。
構造としては一階と二階は外来で三階と四階は入院用の病室があり各階には簡単な手術も行えた処置室もあったらしい。そして定番の地下の霊安室も完備と比較的大きな病院である。
山の上とはいえ、街からそんなに離れていないことと院内の広さもあって心霊マニアの間ではそれなりに有名な場所であった。
ただ、人目につかない場所ということもあり、事件も何度か起きていて中には口にするのも悍ましいような犯行もあり、むしろそちらの怖さのほうがこの周辺では有名で地元民は決して近づこうとはしない場所である。
病院の外で見た車の持ち主は心霊マニアかそれとも後者のほうか…。
俺はそんなことを考えながら院内を歩いている階段のある場所までやってきた。階段の横にはエレベーターがあったが、もちろん動く様子はない。
階段は下の階へと続くものと上の階に行くものがあり、下の階に行くと噂で一番霊の目撃情報のある霊安室がある。
「こういう時、メインディッシュは後にしておきたいからな。」
俺が階段を登り二階にたどり着くと同時であった。
“ギイイイ”
金属の扉が無理矢理開けられている音が鳴り響いた。
音の方向からするに階段のずっと下、つまり霊安室からだと思われる。
「あの車の持ち主か?」
俺はとっさに2階の階段の近くの病室へと入る。こちらもベッドや机やカーテンレールが朽ち果てて放置されていたものの隠れるにはうってつけの場所になっていた。
車の持ち主だとするとマニアかそれとも何らかの違法なことをしにきた人間か…。
いや?もしかして幽霊の可能性も?
そう思うと好奇心が勝ってしまい、病室から少し顔を覗かせて耳を立てる。
“ペタ…ペタ…”
明らかに裸足の足音が近づいてくるのがわかった。
“ペタッ……ペタッ……ペタッ……”
俺は見つからないように顔を引っ込め、足音に集中する。すると足音とともにハア…ハァ…という荒い息遣いも聞こえてきた。
そしてその足音が遠ざかるのを確認して再び顔だけを出し階段を覗くとそこには三階へ上がっていく白い服を着た裸足の髪の長い人間の後姿があった。片手には赤い液体が滴る包丁を持ち、白い服は至る所に赤黒いシミがついている。
俺はその人間の姿が完全に見えなくなるのを確認してから階段を駆け降り、霊安室に向かった。
“ギイイイ”
金属の軋む音の先、霊安室はロウソクが灯され明るく、ほかの部屋に比べても荒れた様子は無かったが、一箇所だけ遺体を保管するための棚が引き出され、そこに何かが載っていた。
俺はそれを確認するためにゆっくりと近づくとその正体が判明した。
お腹が切り裂かれ、内臓を取り出されている遺体だった。頭は何かで何度も叩かれたのであろう、原型をとどめていない骨と肉の塊があった。体の作りから見ておそらく男であろう。
そしてその見た目からそんなに時間は経っていないと思われる。
「電話をかけてきたのはこいつか…。」
俺が昨晩の電話口の相手との対面を果たしていると背中に視線を感じた。
振り返るとそこにはあの階段で見た人間が虚ろな目でこちらを凝視していた。
手には包丁とさっきは確認できなかったが、金槌が握られている。その金槌についた赤い液体がろうそくの光を反射して赤黒くあやしく光っている。
「お前がやったんだな…。」
問いかけた相手は半開きになった口の口角を上げる。
そして金槌を振り上げ、こちらに向かって笑いながら駆け寄り、頭をめがけて打ち下ろした。
そう…打ち下ろしたはずだった。
私は間違いなくあの薄笑いを浮かべた男の顔に……。赤い花を咲かせるためにハンマーを叩きつけたはずなのに…。
私はどうして倒れているの?
どうしてあなたはこちらを見下ろして笑っているの?
私は倒れたまま、その男の両足を狙って叩いた。
でもあの、骨の折れる心地よい音は聞こえなかった。聞こえたのはハンマーが空を切る音。
おかしい…。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい……。
ハッとしてその男の顔を見る。
さっきまであったはずの目が…目があるはずの場所には空洞があるだけ。その空洞は間違いなく私を見ている。
そして薄笑っているその口の中には何もない。ただの闇が広がっている。
闇が私を見ている。
気がついた時には私は霊安室を出て階段を駆け上がりそして玄関に向かって走っていた。裸足だったので足の裏はガラスの破片が刺さりぬめっとした生温かさと痛みがなんとか自分の意識を保たせている。
「出口だ!」
私は転がるように外に出ようとした瞬間、頭に強い衝撃を受け、その場に倒れる。
視界が赤く染まる。
なんとか頭を上げるとそこには私のハンマーを持ったあの得体の知れない者が立っていた。そしてこちらを見て笑っている。
そいつが顔を耳元に近づけてくる。悪寒が止まらない。
「さぁ…いこうか…。」
私が最期に聞いた言葉は夏とは思えないくらい冷たい空気と共に私の身体へと入っていった。
(事件に進展がありました。郊外にある廃虚から見つかった男女の遺体の身元がDNA鑑定で判明しました。両遺体とも損傷が激しく身元の割り出しが難航しておりましたが、男性は心霊系YouTuberとして活動していたシグマこと白井誠さん。そして女性の遺体は■■市連続殺人事件の容疑者として指名手配されていた槇山ゆかりということだそうです。二人の関係性については以前、捜査中とのことです。では…次のニュースです。)
電話にまつわる都市伝説
【旧スメラギ出版社の電話番号】
使われていないはずのその番号に電話をかけると時々繋がり、大野という記者が出る。
記者に心霊スポットを言うとそこに行き、真実を確かめてくれるというもの。
情報提供者には謝礼として呪いから救ってくれるという。
しかし霊を偽った者やそれに近しいことをした者は―――。
今回は夏ということもあり、またコンテストもあったので短編ではありますがホラー小説を書いてみました。ここまで読んでいただいてありがとうございます。




