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堕落聖女事件

作者: やまね
掲載日:2026/05/22

初投稿です。

 聖女とは、聖属性の魔力を持ち、人々に慈悲を与えて怪我を癒し、魔物を生み出したり人を狂わせたりする邪気を祓う乙女のことである。

 聖女は勇者と共に神が世界で初めて人間に与えた役職であり、名誉であった。故に一つの国家につき一人以上の聖女を持つことが当たり前とされていた。そして、聖女が他の国家に出ていかないように聖女は優遇されることがあった。しかし、聖女になると毎朝の祈りや結界の維持などの“お役目”も同時にあった。

 その“お役目”を果たし、国民に慈悲を与え、人々を癒やし守る人格者。それが聖女であるとされた。



 出会いは偶然だった。聖女アルヴィラは暇を持て余し、お忍びで城下へ降りていた。そんなとき、偶々路上でギターを引いていた少年を見かけた。サイズの合っていないだろう上着を羽織り、フェルトハットを目深に被っている彼は顔も見えず、傍目には不審者と変わりないだろう。

 そんな彼に足を止める者は誰一人としていなかった。しかし、アルヴィラはそのギターの音色に、彼の少しだけ見える顔に、そのギターを弾く手に、引き寄せられるように彼に近づいた。

「とても上手なのね」

 言葉をかけられたことに驚いたのか、彼は肩をビクリと揺らし、少しだけ顔を上げた。

「…ありがとう、ございます」

 彼はおずおずという調子で返事をして頭を下げた。気まずいのか、その顔はあまり上がらない。それでもアルヴィラは気にすることなく語りかけた。

「貴方、名前は?」

「…ソティル」

「いい名前ね。私はアルヴィラ。アヴィって呼んで」

 アルヴィラが名乗ると、ソティルは弾かれたように顔を上げた。その顔は整っていて、ガーネットのような緑の目はくりくりとしている。ライトブラウンの髪は癖があるが、手触りが良さそうだ。アルヴィラは暫しその綺麗な顔に見とれた。すると、ソティルはアルヴィラをまじまじと見た後、ポツリと言った。

「もしや、聖女様、ですか?」

 アルヴィラは少し考えた後、こう答えた。

「そうね。一応聖女ではあるわ。でも、ここではただの“アヴィ”なの。だから、気にしないで頂戴」

「はぁ……」

 ソティルは困惑した様子だったが、頷いた。

「ねえ、また来てもいいかしら?貴方の演奏、好きなの」


 二人はここからたまに逢瀬を重ねるようになった。ソティルは最初こそ緊張していたが、段々と慣れていき、軽口を叩けるぐらいまでには気軽な関係となった。そんなある日だった。いつものように逢い、その日は少しだけ格式の高い店へ食事に行った。

 ソティルは覚悟を決めたような顔でアルヴィラを見た。

「アヴィ、好きだ。僕と、付き合ってほしい」

 アルヴィラは初めての告白に一瞬困惑したものの、ふわりと笑ってこう言った。

「もちろんいいわ!」

 こうして、二人は恋仲となった。

 その後は二人はそれまで以上に二人の時間を作り、お互いのことを話したり、デートスポットのようなところにも行った。

 ソティルは、平民に人気のところや民衆が好きな料理や娯楽を、アルヴィラは魔法をお互いに見せたり教えたりした。

「アヴィは聖属性と光属性だけじゃなく基本属性の火、水、土、風、希少属性の闇属性まで使えるんだな! 天才!」

「そうかしら? 実は、普段聖属性以外はあまり使う機会が無いのよ。でも、ソティルに褒めてもらえるなら全部使えてよかったわ」

 アルヴィラは少し照れながらそう言って笑った。ソティルは、その笑顔が嬉しかった。

 またある日、二人はお互いの夢を語った。

「僕は、いつか世界中を旅したいんだ。色んな所へ行って、色んな所を自分の目で見たい」

「いい夢ね」

「アヴィには夢、ないの?」

「そうね…。私は国民の、いいえ、この国に住んでいる人の幸せを守りたい。私は聖女だから外には行けないけど、私はソティルの夢を応援しているわ」

 アルヴィラは、笑みを浮かべてそう言った。その笑顔は、どこか切なく寂しそうだった。

 その時、ソティルは酷い後悔に襲われた。自分は外国に行きたいと言ったが、それはつまりアルヴィラを置いて行くと言ったことに等しいのだ。しかし、アルヴィラはそんなソティルの思考を読んだように続けた。

「ねえ、ソティル。外に行けない私の代わりに外国を見て、私に教えてくれないかしら。そして、私が聖女を引退したら、二人で外国に旅に出ましょう。貴方の思い出も、見た景色も、全く同じじゃないかもしれないけど、この目で見たいの」

 ソティルはその言葉に無性に嬉しくなった。そして、彼に新たに夢ができた。

「ああ、約束な! 僕は外国に行って、知識を溜めて、いつかアヴィが外に行けるようになったらとびっきりの案内をするよ!」

 この日からソティルは、アルヴィラに逢えない日は外国について調べるようになった。基本人づてに聞いていたが、たまに外国へ行った友人から話を聞いたりした。

 そして、調べたことをアルヴィラに話すのだ。アルヴィラはいつもソティルの言葉に真剣に耳を傾けていた。


 二人で過ごす時間はソティルからすると好きな女の子と共に過ごせる貴重な時間、アルヴィラからすると普段のお役目から解放されとても癒やされる時間だった。

 二人とも、このような幸せな時間がずっと続くと思っていた。


 平穏が崩れるのは、一瞬だった。

 アルヴィラを殺そうとする者が二人の時間に割り込んできたのだ。アルヴィラは後をつけて来た者に気がつけなかったことを歯がゆく思いつつ、応戦していた。しかし、隙をついてアルヴィラに相手の攻撃が届きそうになったのだ。それを見たソティルは自身の魔力を限界まで使い、魔力暴走にも近い攻撃を相手に行った。しかし、彼は限界だったのかその綺麗なライトブラウンは先から真っ白になっていく。ガーネットのように輝いていた緑の瞳は段々と色が吸い取られるように輝きを失っていく。

「いや、やめて、やめてソティル!」

 アルヴィラの静止も聞かずソティルは色を完全に失くして倒れるまで魔法を使った。


 ソティルはベッドの上、高くもなく低くもない体温でただ目を閉じていた。かろうじて脈と呼吸はあるが、未だ色が戻る気配はない。

 暗殺の首謀者はすぐに捕まった。アルヴィラが吐かせたのだ。それでも大切な人の意識も、色も戻らない。もしかしたらもう二度と目を覚まさないかもしれないという恐怖がアルヴィラの中でぐるぐると回っていた。

「ソティル、目を覚まして、お願い。声を聞かせて…」

 ソティルが眠るベッドの側、アルヴィラは彼の手を握りながら静かに涙を流していた。


 アルヴィラは魔力を人から人へ移す方法を考え始めた。魔力が戻ればソティルの意識が、色が戻るかもしれないと考えたからだ。その方法を確立すると、次は他者から魔力を抽出する方法を研究した。アルヴィラは必死だった。だからだろうか。普通の人なら数年から数十年かかるものをたった一年で開発した。

 その後はもう狂ったように人を襲っては魔力を集め、ソティルの体へ移した。ソティルの属性であった土属性の人を捕まえては魔力をとりソティルの体に入れた。彼女に魔力を取られた人は皆死んだ。それでもアルヴィラは気にしなかった。いくら国民が死んでも、自分の手が汚れても、ソティルが目を覚ますためなら些末なことと思っていた。


 暫くしたとき、国にいたもう一人の聖女で王子の婚約者であったフィオノーラに殺人と魔力抽出の現場を抑えられ、現行犯として逮捕された。ソティルは、目を覚まさなかった。

 牢屋に入れられてから、アルヴィラは急に生きる気力を失くしたかのように動かなくなった。質問をしても返ってくるのは

「ソティルが…目を覚ますように…」

とボソボソと呟く声だけだった。


 判決の日。

 裁判所にふらふらと兵に支えられながら来たアルヴィラの目には光が宿っていなかった。

「アルヴィラ・クリータロス! 貴様は尊き国民の命を理不尽に奪ったばかりか、その行為に対する反省も見られない! 貴様から聖女の立場を剥奪し、大罪人として死刑とすることをここに宣言する! 何か、申し開きはあるか!」

 アルヴィラは生気を失った目でボソボソと呟いた。

「ソティル…彼が、目を覚ましてくれれば…」

 この国の王子アダルバートも婚約者のフィオノーラも、彼女はもうダメだと判断した。そして、兵に連れていくように手で合図した、その時だった。


 突如、アルヴィラの前が光ったと思えばどこからか少年が出てきた。おそらくは転移魔法を使ったと思われるが、並大抵のことではない。転移魔法を使うためには大量の魔力が必要なのだ。しかし、彼の見た目は魔力が無くなったと言われる人がなる症状、白化になっており、髪も目も真っ白だった。さらに、体はありえないほど細く痩せていた。普通の人間なら生きることもギリギリであろうその状態で、彼は高難易度の魔法である転移魔法を使って、立っていた。


 その場にいたほぼ全員が驚愕する中、ただ一人、アルヴィラは彼を見上げ、酷く歪んだ笑みを浮かべた。

「ソティル、目を覚ましたのね!」

 彼女は頬に涙を伝わせながらそう言い、彼に手を伸ばした。

 彼はその手を取ろうとはしなかったが、アルヴィラは構わず続ける。

「大丈夫なの? ああ、貴方のあんなに綺麗な髪と目が…でも大丈夫よ。私が元に戻す方法を見つけてあげるわ」


 アルヴィラの手がソティルに触れようとしたとき、彼はアルヴィラの手を払い除けた。

「僕は、国のために尽くし、国民一人一人を思いやるアヴィが好きだった。なぜ、こんなことを…」

 ソティルは顔を歪めて言った。しかし、アルヴィラは困ったような笑みを浮かべて言った。

「なぜって、ソティル以上に大切な人がいないからよ。私は、貴方がとても大切なの。ソティル、もう限界でしょう? 今日は早く休みましょう。大丈夫。私がなんとかするから。なんたって、私は天才魔法使いで聖女なのよ?」

「君は聖女ではなくなったじゃないか! 目を覚ますべきはアヴィだ。あれだけ国民の笑顔が嬉しいと言っていたのに! 国民の幸せを願い、守れるなら幸せだと微笑みながら僕に話してくれたのは君だろう?!」


 ソティルは突然大きな声を上げた。その声には、怒り、失望、そして悲しみがあった。

「もう一度言う。僕は、国民を、この国で生きる人を思いやり、大切だと笑顔で言った君だからこそ、側にいたいと思ったんだ!」

 ソティルの声に驚き、感化される者が多い中、アルヴィラはなぜ拒絶されているのかわからない、といった顔で立ちすくんでいた。その姿を見たソティルは、呆れと悲しみをたたえた表情をした。

「アヴィ。君は僕一人のためにその力を、大勢の民を犠牲にする必要はなかったんだ。君は、第一に国を、国民を、この国に生きる人を優先するべきだった」

「ソティル、私には貴方しかいらないの。貴方がいないと生きていけないと思う程に、私は貴方が好きで大切なのよ」

「それでも、大勢を犠牲にすることないだろう。宮廷に仕える魔術師によれば、僕の魔力の回復を君が入れた他人の魔力が邪魔したらしい」

 それを聞いたアルヴィラは目を見開いた。あれだけソティルのためになると思っていたことが逆に彼の回復を阻害していたなんて考えもしていなかったのだろう。

 しかしソティルは続ける。だがその呼吸は荒くなりつつあった。

「僕はきっと、もう少ししたら死ぬだろう。君は間違えた。間違えたんだ。力の使い道を、守るべき人を、すべきことを。その罪は、重い」

 ソティルは一呼吸おいて苦しむように、悲しむように言った。呼吸と声が段々と弱くなる。

「僕が、死ぬのは、僕に対する、罰であり、罪の、一つだ」


 そう言い終えると、ソティルは急に倒れた。アルヴィラが焦ったように近づいて体を支える。

「ソティル!? ソティル、ねえ起きて!?」

 しかし、彼は起きなかった。その目は閉じたまま、脈がどんどん弱くなり、体温も下がっていく。

「起きて…お願い。私は、貴方が、貴方に生きてほしかったのに、死んでほしくなかったのに!」

 力尽きたソティルを抱きかかえ、アルヴィラは泣いた。大粒の涙を流し、人目も憚らず泣き叫んだ。


 そんな彼女を見つつ、アダルバートは兵士に彼女を連れていくように命じた。

 アルヴィラは抵抗せず、連れて行かれた。


 数日後、アルヴィラは斬首刑で処刑された。彼女は国民から「悪しき魔女」と呼ばれ、この騒動は「堕落聖女事件」と呼ばれた。



 数百年後この事件は、国民を癒やし、守り、慈愛を持つ国家の繁栄の象徴であるはずの聖女が一人のために大勢の国民を虐殺した大事件として歴史上で有名な事件となる。しかし、白化した少年ソティルの名は残らなかった。

5/26 修正、加筆

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