9.冥戦士、【死者送還】で昇天しかける
曲がり角から、少しだけ顔を出す。
その先は袋小路になっていて、グールたちが不規則に動き回っていた。
無理に倒す必要はないが、他の敵と戦っている最中に来られても厄介だ。ここで潰しておいた方がいいだろう。
「リゼット、俺が突っ込んで部屋の入り口で耐えるから、死者送還の準備できるか?」
「はい。大丈夫です」
先ほどまで泣いていたとは思えないほどの切り替えの早さだ。
俺は曲がり角から飛び出して、グールたちに向かって行った。
部屋の入り口まで辿り着くと、グールたちは想像以上に中にいた。
20体以上はいるだろうか。
後ろをちらりと振り返ると、すでに詠唱に集中しているリゼット。
俺は盾を剣で叩き【挑発】する。
グール相手に【挑発】が通るか不安だったが、どうやら効いているようだ。
最初の一体が両腕を突き出しながら近づいてきた。
俺はそのグールを十分に引き付けた。
「シールドバッシュ!」
直撃を食らったグールは、後ろの奴らも巻き込む形で数メートル吹き飛ばされた。
よし、いい感じだ。
俺は盾で攻撃を防ぎつつ、【シールドバッシュ】で弾いていった。
「いけます!」
後方のリゼットから声が掛かった。
「よし! いいぞ! やれ!」
俺の合図にリゼットが詠唱を始めた。
「まつろわざる者、怨執に囚われし者どもよ。我が聖言により、その繋縛から放還す。死者送還!」
俺をも巻き込んだ魔法陣が地面に展開される。
まばゆい光と共に、グールたちは苦痛とも歓喜ともつかない大きな唸り声を上げた。
光に包まれる。
ほんの少し、温かい。
体が温かいのではない。
もっと奥――心の奥が、静かに癒されていく感覚だった。
目を閉じると、幼い頃の思い出が蘇る。
――朝、父が目を覚ますところをあまり見たことがない。
目覚めると、父は大抵工房にいるからだ。
炉に火を入れ、ハンマーで叩き、焼き入れを行う。
俺はこの焼き入れの作業が大好きだった。
熱い鉄が水に触れ、気持ちのいい音を立てる。
将来は父のような鍛冶屋になると、小さい頃はよく口にしていたものだった。
「――い! 先生!」
耳元で聞こえたリゼットの声で我に返った。
「大丈夫ですか? なんだかぼんやりしていましたけど……」
……危なかった。
あのまま意識を手放していたら、どうなっていたか……。
もしかしたら、俺が冥戦士であることも関係しているのかもな。
死者送還。
もしかしたら――。
アンデッド以外も、どこかへ送り届けてしまう魔法なのかもしれない。
だが、正直――気持ちよかった。
……また今度、頼んでみようかな。
迷宮の奥に進む。現れたのは、またしても巨大猪。
直撃を避け壁に激突させるのが、こいつを倒すコツだ。
初心者パーティはデカさと速さに圧倒されがちだが、攻略法を知れば意外と怖くはない。
突進をいなして壁に叩きつけ続ければ、あとは勝手に自滅する。
もちろん一撃でも食らえば終わりだ。
できることなら、さっさと片付けたい。
「今回はちょっと試してみたいことがあるから限界突破を使う」
「私、使わないでって言いましたよね?」
リゼットが顔をしかめた。
「巨大猪を正面から受け止めて、どれくらい耐えられるか知っておきたい。次の階層には回復陣がある。前に確認したが、限界突破の副作用の心臓の痛みは消えた。……おそらく、生命力の上限も回復してるはずだ」
10階層のボス部屋前には、傷を癒す魔法陣――回復陣が設置されている。
それを使えば問題ないはずだ。
「分かりました。でも、無理はしないでくださいね?」
大広間にて巨大猪と対峙する。
いつも通り蹄で地面を抉り、鼻息を荒くしている。
「……来いよ。限界突破!」
巨大猪が俺を睨みつける。
もはや、ほかの存在など目に入っていないかのようだった。
一瞬の静寂。
次の瞬間、雄たけびのような鳴き声を上げながら、巨大猪が突進してきた。
ゴーレムの姿が、一瞬巨大猪と重なり、体が強張る。
……違う。
こんなものじゃない。
腰を落とし、衝撃に備えた。
鈍い衝撃。
重いが、耐えられないほどじゃない。
これならいける!
動きの止まった巨大猪の顔面に斬りかかる。
巨大猪は、豚のような悲鳴を上げながらひるんだ。
重心を落とし、剣を下に構える。
「はあああああ!」
深く息を溜めたあと、巨大猪の顎下を下から思いきり斬り上げた。
肉を切り裂く感触。手ごたえはあった。
巨大猪は低く唸ると、そのまま地面に倒れた。今回は魔結晶は出てこなかった。
「解除――限界突破」
心臓の痛みはある。だが、無視できるレベルだ。
「診療記録」
リゼットが俺の体を調べた。
「やっぱり減ってますね……1割くらいでしょうか」
大広間を抜け、限界突破について頭を巡らせる。
1割。
ということは、今回と7階層での戦闘と合わせて、1分か。
1分間で、最大生命力が1割減るのか。
限界突破は一度解除すると、その後10分間は使えない。
……使いどころはしっかりと見極めないといけないな。
通路を歩きながら考え事をしていた、その一瞬だった。
足元から「カチッ」と乾いた音が響く。
反射的に体を捻ったが、遅い。
壁から発射された細い鉄針が、革鎧を貫き太ももへと突き刺さった。
鋭い痛みと同時に、焼けるような熱が走る。
――毒だ。
本来の装備であれば、この程度の罠は弾けたはずだ。
歯を食いしばり、膝をつく。
心臓が早鐘のように鳴り、視界がわずかに揺れた。
「先生!」
駆け寄る足音。
「キュア」
杖から放たれた柔らかな光が患部を包み、熱が引いていく。
ゆっくりと空気を肺に送り込んだ。
鉄針を引き抜き、地面へ放る。
乾いた音が、通路に小さく響いた。
「ヒール」
……助かった。
ソロの頃なら、今ごろ必死で解毒薬を探していたはずだ。
今は違う。
それだけで十分だった。
9階層の階段へと辿り着いた。
ここを降りればいよいよ最下層だ。
リゼットと目を合わせる。
言葉はいらなかった。
静まり返った階段を、一段ずつ踏みしめる。
10階層。
それまでとは空気が違った。
音が消えた。
盾を握り直す音が、やけに大きく聞こえる。
視界の先には、巨大な扉。
その前に佇む女神像と、淡く光る回復陣。
信心深くない俺でさえ、女神像から視線を逸らせなかった。
回復陣の前で腰を下ろすと、心臓の痛みがゆっくりと引いていくのが分かった。
「作戦を説明する」
リゼットが杖をきつく握りしめた。
「テルン南迷宮最下層のボスは、地獄蠍。デカい蠍だ」
蠍という言葉にリゼットの眉がピクリと動いた。
「まずは尻尾を切って毒針を無効化する。正直ここさえ乗り切れば後は何とかなると思ってる」
毒針を落とせなかった時のことは説明しない。
そんなことをしても、リゼットを余計に不安がらせるだけだ。
「毒針ですか……」
「リゼットの立ち位置だが、必ず俺の後ろにいろ。地獄蠍は目はあまり見えていない。だが音に敏感だ。リゼットが俺の後ろにいてくれれば、俺が絶対に守ってやる」
「はい」
「だが、トドメだけは奴の背中に登る必要がある。その時だけは離れる。すまないが、自分の身は自分で守ってくれ。動かなければ奴に捕捉される心配はないと思うが――」
「……はい」
消え入るような声だった。
無理もない。
後衛にとって、前衛が離れる瞬間ほど怖いものはない。
「リゼット、俺たちなら必ず地獄蠍を倒せる。いいな?」
「……はい!」
目つきが変わった。
力強く俺を見つめ、リゼットは覚悟を決めたようだった。
「行くぞ」
俺は巨大な扉に手をかけた。
石の冷たさが手のひらに伝わる。
重い音を立てて、扉がゆっくりと開き始めた――。
隣を見ると、不安げに俺を見つめるリゼットがいた。
「怖いか?」
「怖くありません」
杖を持つ手が震えている。
「そうか」
「はい」
リゼットは、俺に心配をかけまいと必死に不安を押し殺しているのだろう。
「勝つぞ」
前だけを見つめる。
自分に言い聞かせるように、小さくそう呟いた。
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