8.何でも一つだけ
5階層。
6階層へと至る下り階段の前に、扉の付いた小部屋があった。
すでに、ノア以外の三人は脱出をしていた。
「じゃあ、ノアちゃんまたね」
リゼットは、ノアに名残惜しそうな声で別れを告げる。
「うん」
ノアはリゼットに小さく手を振り、小部屋へと入っていった。
「先生、じゃあ先に進みましょうか」
6階層を抜け、俺たちは7階層へと向かった。
ここまでほとんど傷を負うことなく、リゼットの魔力も温存できていた。
理想的な展開と言えるだろう。
7階層。
ここからは、はっきりと空気が変わる。
初心者が油断すれば、簡単に死ぬ。
群れで襲ってくるモンスターも出始める。
ここを引率者なしで抜けられれば、一人前の冒険者と言っていいだろう。
視界の開けた通路を歩いていると、近くで巨大猪の鳴き声が聞こえた。
リゼットに巨大猪と戦う時のアドバイスを伝えてから角を曲がった。
通路の数メートル先には大広間が広がっていた。
大広間に入ると巨大猪がゆっくりと歩いていた。
まるで余裕すら感じさせるその風格。
「よし、行こう」
リゼットと共に大広間に入る。
巨大猪に近づいていくと、すぐに気付かれた。
俺は距離を保ったまま、様子を見た。
やがて巨大猪は蹄で土を掘るような、威嚇行動をし始めた。
「準備はいいな?」
「はい。いつでも大丈夫です」
その瞬間、巨大猪が力強く地面を蹴った。
突進から逃げるには、突進角度に対して垂直に逃げることが大事だ。
俺たちはその基本ルールに従って足を動かした。
巨大猪は、加速からすぐに最高速へと達した。
リゼットが遅れていた。
このままで走り続けても、突進に巻き込まれてしまうだろう。
「リゼット! 俺の後ろに来い!」
すぐさま方向転換したリゼットが俺の後ろへと隠れる。
ちらりと彼女の存在を確認すると、俺は盾を構え巨大猪の突進に備えた。
巨大猪が盾にぶつかる瞬間、
俺は盾を斜めに当て、奴の勢いを別方向へとずらした。
腕に、鈍い衝撃が伝わる。
盾の痛々しい悲鳴を聞きながら、巨大猪は右後方へと走り抜けていった。
盾があとどれくらい持つか分からない。
できれば盾を使わずに戦いたかったが、そうも言っていられない。
「リゼット! 俺の後ろから離れるなよ!」
「は、はい!」
今度は壁を背にして、巨大猪の突進に備えた。
闘牛士の気分だった。
盾に奴がぶつかった瞬間、俺はその突進をいなして右へと流した。
巨大猪が岩壁にぶつかり、衝撃音が大広間に響いた。
激しい衝撃で、巨大猪は足をもつれさせ、その巨体ごと地面に転がった。
前は仕留めきれず失敗した。
あまり長引かせると、他の魔物が来て厄介だ。
次の一撃で仕留める。
「限界突破!」
心臓がドクンと脈打ち、全身に力がみなぎる。
俺は巨大猪に近寄ると、その首元をめがけて剣を振り下ろした。
一撃だった。
「解除――限界突破」
転がり落ちた魔結晶を拾い上げると、リゼットが駆け寄ってきた。
「先生、今何使ったんですか?」
隠しておく必要もないと思ったので、正直にスキルについて話した。
「診療記録」
以前見た光景。
リゼットの手から淡い光があふれ、何かを調べているようだった。
「そのスキル、どういう効果なんだ?」
「状態異常を診断したり、生命力の上限の異変を察知できるスキルですね」
聞いたことのないスキルだ。
リゼットには悪いが、戦闘向きのスキルではなさそうだな……
「先生、あんまりその技使っちゃダメですよ? 生命力の上限の減少ってヒールでも治せないんですからね。それがたとえ一時的なものでもです」
真剣な表情で忠告するリゼットに俺は頷くしかなかった。
7階層を歩きながら、リゼットの持っているスキルについて尋ねた。
――――――――――――――――――
リゼット=クライン
ヒーラー
【杖術】Lv2
杖を扱うスキル
【魔力超回復】Lv2
休息時、魔力が回復しやすい。
【ヒール】Lv3
対象の生命力を回復。
【キュア】Lv3
対象の状態異常を回復。
【ライト】Lv2
周囲を照らす光の玉を召喚する。
【死者送還】Lv2
アンデッド属性に大ダメージ。
固有スキル
【診療記録】Lv3
対象の状態異常を診断し、最大生命力の異変を察知できる。
――――――――――――――――――
リゼットによると、ゴブリンを倒したときに杖術のレベルが上がったらしい。
「さすがゴブリンスレイヤー、リゼット。ギルドに帰ったらみんなに自慢しよう!」
「それは恥ずかしいのでやめてください……」
ゴブリンスレイヤー・リゼット。
かっこいいのにな……。
8階層も特に問題はなかった。
ゴブリンの群れが現れたときも、俺の【挑発】でリゼットへは近づけさせなくし、その上で一体ずつ片付けていった。
もちろん無傷ではなかったが、ゴブリンごときのダメージなど大したことはない。
リゼットにヒールをかけてもらい、俺たちは順調に迷宮を攻略していった。
「先生、ノアちゃんのことどう思いますか?」
通路を歩いている最中、隣にいたリゼットが尋ねた。
「んー……苦労してそうだなとは思う」
以前、パーティが揉める原因について、タンク仲間であるハルクと話し合ったことがあった。
その中で原因として挙がったのが、お金関係、男女関係、そして、職業差別だ。
ノアの場合は……なんとなく、全部当てはまってそうな気がした。
「ノアちゃん、大丈夫でしょうか……」
「どうだろうな。悪い子ではないと思う。でも、盗賊だからなあ……辞める子も多いし、ちょっと心配だな」
ノアというよりも、今は盗賊という役職自体が人気がない。
盗賊不要論。
それは、かなり昔からある論調だ。
戦士のように前衛を務められるわけでもなく、
魔法使いのような強力な遠距離攻撃があるわけでもない。
ましてや、ヒーラーのような唯一無二の役割があるわけでもない。
基本的に、パーティの枠は、前衛、魔法使い、ヒーラーの三つは既に埋まっていると考えていい。
残り一つの枠は何を選択するか、それがパーティの方向性を大きく左右するといっても過言ではない。
盗賊の取り柄に目を向けてみる。
盗賊の長所は、偵察と宝箱を開けることだ。
だが、罠に関して言えば、最悪、戦士が前に出て力技で突破することもできる。
ボスを倒した後に出現する宝箱だって、ボスを倒せなければ意味がない。
盗賊を採用するくらいなら二人目の魔法使いや前衛を強化した方がよっぽど効率的なんじゃないか。
それが盗賊不要論の基本思想だ。
「ノアちゃんがこのパーティにいたら楽しそうって思いませんか?」
「……そうかもな」
このパーティは、テルン南迷宮を攻略するまでの期間限定の約束なんじゃなかったっけ?
……とはさすがに言えなかった。
9階層も見えてきた。迷宮攻略ももう少しだ。
それなのに、俺はリゼットとのやり取りを楽しいと思い始めていた。
9階層。
空気が重い。
敵が強くなっているのもあるが、それ以上に終わりが見えてきたことが原因なのかもしれない。
何か話さなければと思うほど、話題はループし、かえって何も話せなくなっていく。
俺は黙々と足を動かし続けた。
曲がり角の先から多くの呻き声が聞こえてきた。
グールだ。
それも1匹、2匹どころじゃない。
「リゼットは、死者送還使えるんだよな?」
「はい、使えます」
リゼットが杖を握り直す。
アンデッドを大量に相手にしたことがないのだろう。肩が強張り、体が硬い。
その姿を見て少しだけ俺の緊張がほぐれた。
「リゼット、人間は死んだらどうなると思う?」
「えっと……天国か地獄に行くと教わりました」
「なるほどな……じゃあそれ以外の魂がどうなるかは知らないわけだ」
「どういうことですか?」
リゼットが怪訝な表情で俺を見つめた。
「……出るんだよ」
「……出るって何がですか?」
「この南迷宮には、無念な想いを抱きながら死んでいった、冒険者たちの幽霊が」
「まさか……そんな」
リゼットは信じていないように見えた。
だが、嘘だとも断言できないでいるようだった。
「とある男女のパーティがいたんだ。その二人は付き合っていた。だが、その男は別の女と浮気していたらしいんだ」
「最低ですね」
「怒った女は、その男が別の女と組んで迷宮に入ったときに殺してやろうと、とある場所で待ち伏せしていたんだ……だが、そこに現れたのは凶暴なモンスター。女は必死に応戦するが、結局負けて瀕死の重傷を負ってしまう」
「かわいそうですね……」
「女は助けを求めて這いずりまわった。ようやく人が通りかかった。だが、運がいいのか悪いのか、その通りかかった人が、自分の好きな人とその浮気相手だったんだ」
「……」
リゼットは俺の話に真剣に耳を傾けていた。
「やっと助かると思った女だったんだが、血だらけの女を見た男とその浮気女は全力で逃げ去ったそうだ。女は二人の去っていく後ろ姿を見つめながら、助けてくれと叫んだんだが、うまく叫べなくてな。まるでグールみたいな鳴き声だったらしい。もしかしたら今聞こえているグールの鳴き声に、その女の鳴き声も混じってるかもな……」
リゼットはいつの間にか俺の腕につかまり、目を潤ませていた。
「じ、冗談、ですよね……?」
「いや、本当の話らしい」
「う、うぅぅ……」
リゼットはその場に崩れ落ち、すすり泣き始めた。
「ご、ごめんごめん! 冗談! 冗談だから!」
その場に座り、リゼットに手を合わせて謝る。
それでもよほど怖かったのか、リゼットはしばらく泣き続けていた。
「すいませんでした……」
「許しません!」
リゼットは俺に背を向け、目を合わせようともしない。
「申し訳ございませんでした。絶対にもうしないので、機嫌直してもらえませんか?」
「だめです!」
「何でも一つ言うことを聞くので! そこをなんとか!」
両手を擦り合わせながら、拝むようにリゼットに頭を下げた。
「何でも?」
「はい! 何でもします!」
「その言葉、嘘じゃないですよね?」
「……はい」
「なら許します」
涙を拭い満面の笑みを見せるリゼット。
俺は引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。




