7.ノアの受難
俺とリゼットは2階層へとやってきた。
スケルトンはリゼットに任せ、俺はそれ以外のモンスターを処理した。
リゼットは、俺がモンスターを倒すたびに拍手をしてくる。
「さすが先生! すごいです!」
さすがに、ちょっと恥ずかしい。
2階層も、基本的には1階層と同じ顔ぶれだった。
スケルトンやスライム――Eランクでも対処できる、危険度の低いモンスターばかり。
「スケルトンは安定して倒せるようになってきたし、次はゴブリンいってみようか」
「ゴブリンですか!? うぅ……できるかな」
不安そうな声で答えながら、リゼットは俺の後ろをついてきていた。
「リゼットは無事ゴブリンスレイヤーの称号を獲得できるのだろうか……!」
「もう! 茶化さないでくださいよ!」
そんなやり取りをしていると、ちょうどいいところにゴブリンが暗闇から現れた。
背丈は、俺の腰くらい。ゴブリンとしては平均的な体格だ。
だが、にやついた口元と濁った目が、どうにも不気味だった。
「リゼット」
「はい!」
リゼットはすぐに気持ちを切り替え、表情を引き締める。
俺は後ろへ下がり、リゼットが前に踏み出した。
最初の頃のような怯えはもうない。
杖をしっかりと握りしめ、相手の動きをじっくりと観察していた。
「ゴブリンはスケルトンほどの力はないが素早いのが特徴だ。アドバイスはなし。危なくなったら守るから、好きに戦ってみて。今のリゼットなら倒せるはずだ」
「はい!」
リゼットは右手に杖を持ち、腰をやや落として身構えた。
いいぞ。
ゴブリンは素早いが、スケルトンより貧弱だ。
ゴブリンは懐に踏み込もうとするが、リゼットは杖でけん制し、間合いに入らせない。
痺れを切らしたゴブリンが強引に踏み込んできた。
その瞬間を、リゼットは見逃さなかった。
杖を横薙ぎに振る。
「ギャッ」
杖がゴブリンの脇腹を打ち、体がくの字に折れ曲がった。
たまらずゴブリンが膝をつく。
リゼットは杖を両手で握り直し、頭蓋骨めがけて叩きつけた。
小さな打撃音と共に、ゴブリンは前のめりに倒れて動かなくなった。
「やりました! 今日からゴブリンスレイヤーの称号を名乗れますね!」
リゼットはくるりとこちらに振り返ると、俺に向かってピースをした。
「すごいね。いや、本当に才能あると思う。ヒーラーやめて前衛職に転向しない?」
「ふふっ、考えておきますね」
おそらく、あまり戦った経験がなかったのだろう。
リゼットは、ゴブリンが落とした小さな魔結晶を嬉しそうに拾い上げた。
3階層。
ここから先は、モンスターの質が一段階上がる。
ゴブリンが集団で襲ってきたり、コボルトが現れるようになるからだ。
さすがに、これ以上リゼットを前に出すのは、リスクが高すぎる。
ここからは俺が前に出て、リゼットには背後を警戒してもらうことにした。
4階層を抜け、5階層へと続く下り階段に辿り着いた。
俺たちは5階層へ向かう前に、近くにあった袋小路の部屋に移動し、休憩を取ることに決めた。
背後を取られる心配がなく、見張りもしやすい場所だ。
「よし、順調だな。リゼット、ここまでどうだった? 何か聞きたいことはある?」
魔法の小袋からパンを取り出し、二人で分け合った。
「聞きたいことは色々ありますけど、それ以上に先生がすごいです! モンスターの弱点や習性、攻撃の癖まで全部分かってましたよね。本に載ってることだけじゃなくて、実戦の知識って感じがしました。それに、ほとんどマップを見ずにここまで来られましたし、ゴブリンが待ち伏せしそうな場所とか、スライムが湧きやすい場所とか、全部的確でした。罠も同じです。壁の隠しスイッチも、踏んだら矢が飛んでくる場所も……先生の言う通りでした!私、Bランクの人とも潜ったことありますけど、先生の方がずっと頼りになります!あ、あと――」
「ストップストップ! 分かった、分かったからさ」
俺が止めなければ延々と話していそうな勢いだった。
「俺の場合はソロが長かったからさ。だから、全部自分で調べて、自分で何とかするしかなかっただけだよ」
本当にそれだけだ。別にすごくなんかない。
必要だったからそうしただけで、俺にとっては普通のことだった。
「……それでもすごいです」
リゼットが俺に微笑みかける。
何だか照れくさくなって、俺は「そうか」と小さく呟くのが精いっぱいだった。
「だから盗ってないって言ってるだろ!」
休憩を終え、そろそろ出発しようかと思っていると何やら外が騒がしいことに気付いた。
「この声……もしかして、ノアちゃん?」
リゼットはそう呟くと、突然立ち上がり、声のする方へと駆け出して行った。
ノア。
一年以上前、俺とリゼットと一緒にパーティを組んでいた子だ。
印象は……正直あまりよくはない。
俺によく反抗していたし、素直じゃなかった。
もちろんそれが悪いと言っているわけじゃない。
ただ、パーティを組むなら協調性は必須事項だ。
水筒や地図を片付けながら、嫌な予感が胸をよぎる。
「あんたが盗ったんでしょ! さっさと認めなさいよ!」
「だ・か・ら! 盗ってないって言ってるだろ! ボクはそんなことしない!」
俺が遅れて駆けつけると、魔法使いの格好をした少女がノアを糾弾していた。
黒髪のショートヘアに、生意気そうな琥珀色のつり目。
赤いスカーフを首元に巻き、腹部を大胆に晒した盗賊装束。
身軽そうだが、どこか心許ない。
どうやら、ヒーラーのフィンという少女の銀貨が数枚無くなったらしい。
今怒鳴り散らかしている魔法使いの少女は、ルチアというそうだ。
「聞いたわよ。あんた、スラム出身なんだってね? 大方、報酬の分け前が少ないから、フィンから盗んだんでしょ? あーあー、いやね。これだから盗賊は」
ノアは拳を握り締め、ぷるぷると腕を震わせていた。
爆発寸前だ。だが、むしろよく我慢している方だと思う。
俺の知っているノアなら、間違いなく殴りかかっていただろう。
「テオは……テオはボクのこと信じてくれるよね?」
「……信じたいのは山々だけど、正直僕にはどっちか分からないな……」
テオという戦士は優柔不断らしかった。
「先生、いいんですか? 仲裁に入らなくて」
リゼットが俺に耳打ちした。
そうだな。パーティの問題にあまり立ち入りたくはないが、このまま放っていくわけにもいくまい。
「とりあえず、話し合いはまた後にしないか? そういうのは、迷宮の外でやったほうがいいと思う。幸い次の階層には脱出用の転移陣がある。何なら俺たちもそこまで一緒に行こうか?」
そう提案すると、テオが俺の存在に気付いたようで、ぱっと顔を輝かせた。
「エリクさん、ですよね? あのAランクパーティのタンクをやってる! 僕ファンなんです! ぜひご一緒させてください!」
テオがそう言うと、ルチアも渋々その申し出を受け入れた。
「はぁ……やっぱりお金を盗む子は家庭環境に問題があるんでしょうね。あなた孤児だったんでしょう? かわいそうねえ。あ、もしかして、貧民街の孤児院では、お金は人の財布から盗るものだって教わるのかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、ノアはルチアに向かってずかずかと歩み寄った。
「ボクの大切な人たちを馬鹿にするな」
ノアは、ためらいもなくルチアの頬を思いきり打った。
俺はルチアの言葉に思わず眉をひそめた。
ノアが怒るのも当然だ。
「……ごめん。信じたいけど、仲間に手を挙げるやつをこのパーティには置いておけない。ノア、どんな理由があっても暴力はダメだよ。この探索が終わったら君には抜けてもらう」
テオはこのパーティのリーダーなのだろう。
彼の一言で、ノアはもう何も言わなくなってしまった。
ルチアは、テオの言葉に満足そうに唇の端を歪めていた。
前を歩くテオとルチア、その一歩後ろを、フィンがついていく。
ノアはリゼットの隣で、何も言わず地面を見つめながら歩いていた。
「……ノアちゃんは悪いことしないって、私は知ってるよ」
「……うん」
ノアの声は沈んでいた。
当然だろう。
ノアにそんな顔は似合わないと思った。
「そうだぞ。ノアは確かに、性格はあまり良くないが、盗みなんてしない。そうだよな?」
「……ボクは性格いい方だぞ」
「どこがだよ! 前に組んだ時だって俺のこと散々馬鹿にしてたよな? 一応、お前よりランク高いんだぞ?」
ノアはムッと眉を吊り上げ、こちらを見上げた。
「それはお前が実際に馬鹿だからだ」
「馬鹿とは何だ馬鹿とは! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」
「そういう反論してくるのが馬鹿っぽい。年上のくせに子供みたい」
「子供みたいってなんだ!? お前の方がどう見ても子供だろ!」
俺とノアが口論するその間で、
リゼットは嬉しそうに、にこにこ笑っていた。
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