5.屈辱の撤退
「雷槍!」
「があああああああ!?」
イザベラの雷槍は、オーガキングには当たらなかった。
命中したのは――アルベルト=ルガー。エリクの代わりに加入した聖騎士のタンクだった。
雷槍が背中に直撃したアルベルトは、オーガキングの足元へ吹き飛ばされた。
オーガキングは、3メートルはある巨大な鉄の棍棒を振りかぶり、アルベルトに狙いを定めた。
「アルベルト! 上だ!」
レオポルドの声にアルベルトが顔を上げる。
その頭上には、今まさに振り下ろそうと構えるオーガキングがいた。
その瞬間、アルベルトは横へ転がるように一回転した。
直後、アルベルトがさっきまでいた場所にはクレーターができていた。
だが、体勢を崩したまま、その後のオーガの左足の蹴り上げまでは防げなかった。
アルベルトは、オーガの足元に盾を落としていたため、咄嗟に腕を交差させ、その攻撃を受け止める。
鎧と骨が軋むような、嫌な音が響いた。
アルベルトは数メートル吹き飛ばされた。
すぐに立ち上がろうとしたものの、顔を歪ませながら膝をつくのが精いっぱいだった。
「ヒール!」
後方からセオドアが回復魔法をかけるが、すぐには立ち直れそうにない。
オーガキングが咆哮した。
空気が震え、足が震えた。
――勝てない。
「て、撤退だ!」
声は震えていた。
パーティの返事を聞く間もなく、オーガキングに背を向け全力で逃げる。
――殺される。
「盾が――」
アルベルトが叫ぶ。
「そんなの、放っておきなさい! 早く逃げるわよ!」
レオポルドの後ろでイザベラが撤退を催促した。
敗北。
レオポルドたちは、無様に安全な場所まで逃げるしかなかった。
「どういうことだ! なぜ俺に雷槍を当てた!」
回復魔法を受けながらアルベルトが怒鳴った。
「そのことはさっき謝ったでしょ……それに、あの距離であのタイミングなら、間違いなく避けると思っていたのに。まさかあんなことになるなんて……」
「避けるだと!? あの状態でどうやって避けるんだ! 後ろに眼がついてるわけじゃないんだぞ!」
それっきり、イザベラは黙ってしまった。
「いや。さっきのはアルベルト、お前が悪い。タンクなら全体の状況をきちんと把握しておくべきだろう。実際、俺たちの前のタンクは、イザベラが杖を構えて集中状態に入ったら、射線からは離れていたぞ」
レオポルドの言葉にアルベルトが反論する。
「それはお前たちとそいつの連携がうまく行っていたからだ。まだパーティに入って初日の俺に、そんな高度な連携を求めるなよ!」
ダメだこいつは。
自分が無能であることを認めようとしない。
ここでいくら正論を言ったところで意味はないだろう。
重い沈黙がその場を支配していた。
「……エリクがいた頃はこんなこと起きなかったのに」
イザベラの小さな呟きが、やけに大きく聞こえた。
◇
――約束の時を告げる鐘が鳴った。
酒場「月明りの女神亭」までやってくると、店の前にいたリゼットが大きく手を振った。
夕陽に反射する黄金色の髪が、腕の動きに合わせてゆらゆらと揺れた。
二つ結びのその髪が、彼女の清楚な雰囲気をいっそう引き立てている。
「先生! こんばんは!」
「ごめん、待たせちゃった?」
「全然です! 今日は私が奢りますからね!」
店に入ると、客のほとんどは冒険者だった。
「月明りの女神亭」は、手ごろな値段でおいしい料理が食べられるということで、新人冒険者や低ランク帯の冒険者に人気の食堂を兼ねた酒場だ。
「エールとパンとスープで」
「先生、それだけじゃ足りないですよね? えっと、それらを二人分と、豚肉のロースト、チーズ、ナッツも追加で」
気を遣ったつもりが、逆に気を遣われてしまった。
「私たちの再会を祝って……乾杯!」
木のコップで乾杯し、エールをあおった。
リゼットとしばらく他愛もない世間話をした。
彼女の友達の話や、最近買った装飾品の話。
楽しそうに話す彼女につられて俺も笑った。
俺が灼熱の誓いを抜けたことを、彼女は聞こうとしなかった。
そのことがかえって俺を安心させた。
酒のせいなのか、それともリゼットの優しさのおかげなのかは分からない。
だが、話したいと思った。
リゼットに聞いてほしいと思った。
「実はさ、『灼熱の誓い』は俺が辞めたんじゃなくて、辞めさせられたんだよね」
誰にも打ち明けてこなかった真実を、リゼットに初めて話した。
今までのこと、蔑ろにされてきたこと、装備を奪われたこと……。
【鑑定】で分かったことも話した。
悲しかったことも、辛かったことも――すべてを話した。
不思議と落ち着いていた。むしろ安心感さえあった。
俺がすべてを話し終えた後、リゼットの瞳から涙がこぼれた。
「手を出してください」
言われるまま、俺はリゼットの前に手を差し出した。
リゼットは俺の手を優しく包み込んだ。
「これからは私がついています。だから……先生は、大丈夫です」
思わず頼りたくなってしまう、包み込むような優しい声だった。
……だが、甘えてはいけない。
先輩らしく振る舞わなくては――
「ありがとう。でも、俺はもう大丈夫だからさ」
先輩冒険者として後輩に励まされるのは恥ずかしかった。
リゼットの手が離れた。
にこりと微笑むと、彼女は「わかりました」と小さく呟いた。
「本当はさ、『灼熱の誓い』を辞めさせられた時、田舎の鍛冶屋を継ぐのも悪くないかなって――」
「ダメです! 先生は絶対冒険者を続けるべきです!」
リゼットが言葉と同じ勢いで立ち上がる。
座っていた丸椅子が「カコン」と、間抜けな音を立てた。
一瞬、しんと静まり返る酒場。
だが、すぐに元の喧騒を取り戻した。
リゼットは慌てて椅子を元に戻してそこに座ると、恥ずかしそうに体を丸めた。
顔を俯かせ、表情は窺い知れない。
だが、きっと茹でだこのように真っ赤になっていることだろう。
「ありがとう。そんなふうに言ってくれてすごく嬉しいよ」
駆け出しの頃、初めて南迷宮に潜った時のことを思い出していた。
期待に胸を膨らませ、不安に押しつぶされそうになっていたあの頃を。
また一から頑張ろう。そう思った。
「あの、もしよければその……」
リゼットは視線を迷わせながら、指遊びをしていた。
しばらくして、リゼットは大きく息を吸ってゆっくりと息を吐いた。
彼女は、まるで一世一代の告白でもするみたいにピンと背筋を伸ばす。
「私と――」
リゼットは一度言葉を飲み込んだ。
「……パーティ組みませんか?」
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