4.【限界突破】の正体
「ヒール!」
杖から放たれた淡い光が胸を包む。
鈍い痛みがゆっくりと引いていくのが分かった。
リゼットは回復を終えると小さく息を吐いた。
「あの!」
いつの間にか近くにやってきていた戦士風の男の子が俺に声をかける。
その隣には、魔法使いの格好をした女の子が胸の前で杖をぎゅっと抱きしめていた。
「ありがとうございました!」
勢い良く頭を下げる男の子。それに倣うように女の子も頭を下げた。
「無事でよかったよ」
そう返しながら周囲を見渡す。
さっきまでの喧騒が嘘のように、他に敵の気配はなかった。
「えっと、俺の名前はガルドっていいます。戦士やってます」
その後、互いに自己紹介をした。女の子の方は、魔法使いのセラという少女だった。
「ガルド……もう帰ろうよ」
セラがガルドの手を引っ張る。瞳が不安げに揺れていた。
「分かってる……あの、もしよければ、安全な場所まで一緒にいてくれませんか?」
「もちろん。5階層にある帰還専用の転移陣まででいいかな?」
「はい! ありがとうございます!」
俺たちは5階層を目指して歩き始めた。
前を行くガルドとセラの背中を見ながら、俺はリゼットと並んで歩いた。
隣を歩くリゼットは、黒を基調としたシスター服を着ている。
胸元の白地には、ルクス教の象徴である太陽の紋様が金糸で刺繍されている。
「……お聞きしてもいいですか?」
「……ダメって言ったら、諦める?」
リゼットは、なぜ「テルン南迷宮」にいるのかを聞くつもりだろう。
別に「灼熱の誓い」を抜けたことを隠すつもりはない。
ただ、辞めさせられたと正直に答えるのが怖かった。
失望されるのではないか。
もう先生と呼んでくれないのではないか――
そんな不安が、俺の口を重くさせていた。
「はい」
こちらを見つめる透き通る青い瞳。
「じゃあまた今度ね」
俺はその真っすぐな瞳から逃げるように目を逸らした。
逃げた目線の先では、ガルドとセラが真剣に何かを話し合っていた。
5階層。その階段横にある小部屋に入る。
帰還専用の転移陣――帰還陣の前には女神像が鎮座していた。
リゼットは、剣を携えた女神像に向かって胸の前で手を組み、祈りをささげる。
以前と変わっていない彼女の習慣が、少しだけ嬉しかった。
四人で帰還陣の上に移動し、帰還先を思い浮かべる。
俺たちは迷宮を脱出した。
「リゼットちゃんごめん。ちょっと二人で話したいことがあるから……」
セラがリゼットに駆け寄ると、手を合わせて小さく頭を下げた。
「うん、いいよ。じゃあ、ここでお別れだね。またね」
「うん、また……」
セラは俺に一礼すると、ガルドの元へ戻っていった。
心なしか元気がなかった。
無事に帰ってこれたなら、もっと喜んでいてもよさそうなものなのに……。
「今日は本当にありがとうございました!」
リゼットが深々と頭を下げた。
周りにいた新人冒険者たちが、何事かとこちらを見ている。
「頭を上げてくれ。別にそんな大したことはしてないよ」
「いえ! 先生がいなかったら私たちどうなっていたことか……」
正直嬉しかった。
「ありがとう」なんて言葉、「灼熱の誓い」に入ってからはほとんど言われてこなかった。
自分は感謝される資格なんてないと思っていたから。
どんなに頑張っても、どんなに気を遣っても、それが当たり前だった。
別に感謝してほしかったわけじゃない。
ただ、気付いてほしかっただけだった――
「ぜひ、お礼をさせてください!」
リゼットが頭を上げ俺を見つめた。
「お礼? いやいやいや! そんなの、いらないから! その気持ちだけで十分だよ」
新人を助けるなんてよくあることだし、別にお礼が欲しくてやったわけじゃない。
それでも、リゼットは引かなかった。
「いえ、ぜひお礼をさせてください!」
その瞬間、リゼットは俺の手を力強く握りしめ、胸に引き寄せた。
まるでお礼を受けるまで、逃がさないとでも言っているようだった。
柔らかいものが俺の手に当たっていた。
すぐに手を振りほどき、視線を逸らす。
「分かった。分かったよ……」
「やったっ」
小さくガッツポーズをするリゼット。
普段は優しいくせに、変なところで頑固だよな……
「いや、でも、ほら。昨日宿屋まで送ってもらったし、やっぱり……」
そこまで言いかけるとリゼットがじっと睨みつけてきた。
コワイ。何でそんな睨むの……
俺はリゼットの「お礼」とやらを認めざるを得なかった。
「では今晩。教会の鐘が鳴る頃に『月明りの女神亭』でお待ちしておりますね」
リゼットがようやく手を離してくれた。
「絶対ですからね!」
俺と食事をするのがそんなに嬉しいのか、リゼットはその場でくるりと一回転した。
膝丈のスカートがふわりと舞う。
黒いタイツに包まれた脚がちらりと覗き、思わず目がいった。
小さく手を振ると、彼女は跳ねるようにその場を後にした。
俺はギルドに報告と魔結晶の換金をした。
その後、酒場で昼食を済ませた俺は、買い物がてら街中をぶらついていた。
盾も近いうちに買い替えないといけないだろうし、消耗品アイテムも補充しないとな……
「もし、そこの道行くお兄さん。よければ鑑定いかがですか。お安くしますぞ?」
スキル。
基本的に、自分のスキルは頭の中で念じれば自然と把握できる。
ただ、一部のスキルは自分で確認できないようなものがある。隠しスキルや希少性の高いスキルのことだ。
例えば、俺が持っている【限界突破】のようなスキルがそれに当たる。
限界突破
一時的に肉体能力が大幅に上昇。詳細不明。要【鑑定】。
もちろん、俺はこの街にいる鑑定士のほとんどに【鑑定】をしてもらった。
だが、返ってくる言葉はいつも同じだった。
「私では【鑑定】できない」
おそらく、王都に店を構えるような上位の鑑定スキルをもった人間でないと無理なのだろう。
こんなみすぼらしい格好の老人が、そんな鑑定スキルを持っているとは到底思えなかった。
「結構だ。間に合ってる」
大通りに戻ろうと来た道を引き返す。
「あー、待ってくだされ! 銀貨一枚! 銀貨一枚でどうじゃ!?」
必死に引き止める姿が増々怪しく見えてきた。
その声を無視して歩き続ける。
「お代は結構じゃ! 話だけでも聞いて行ってくれ! この通りじゃ!」
必死に頼む爺さんに、俺は首を縦に振るしかなかった。
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エリク=ルヴァン
冥戦士
▼パッシブスキル
【剣術】Lv3
剣を扱うスキル
【盾術】Lv5
盾を扱うスキル
【物理耐性】Lv4
物理攻撃に対する耐性がわずかに上昇。
【魔法/属性攻撃耐性】Lv2
魔法攻撃や属性攻撃に対する耐性がわずかに上昇。
【火事場の底力】Lv2
瀕死になると発動。力が上昇。
【生存本能】Lv4
瀕死になると発動。防御力が上昇。
【見切り】Lv2
回避や動体視力、反応速度がわずかに上昇。
【重装備】Lv3
重装備時のデバフを軽減する。
【超回復】Lv4
休息時、生命力と生命力上限の回復量が上昇。
【大声】Lv2
遠くまで声が届く。声を張った際、声に関係するスキルの効果範囲が上昇。
▽隠しスキル
▼パッシブスキル
【指揮官】Lv5
指揮を執ると周囲の味方の能力がわずかに上昇。
指揮官の命令に従わない場合は、能力は向上しない。
【鼓舞】Lv4
周囲にいる味方の士気がわずかに上昇。
▼アクティブスキル
【シールドバッシュ】Lv4
相手に小ダメージを与える。ノックバックや体勢を崩す効果がある。
格下の相手は気絶することもある。
【挑発】Lv4
対象を挑発し、自らにヘイトを向けさせることができる。
【限界突破】Lv5
一時的に肉体能力が大幅に上昇。
使用中は生命力の上限が減り続ける。生命力の上限を回復させるには休息が必要。
――――――――――――――――――
老人が俺に手をかざすと、頭の奥にかかっていた靄が、すっと晴れていく。
隠しスキルの存在、そして【限界突破】の本当の効果を知り、俺は言葉を失った。
【限界突破】使用時の、胸を締め付けられるような痛み。
……点と点が、一本の線で繋がった気がした。
レオポルドたちに、ずっと仮病だと言われ続けた心臓の痛み。
相談なんてできるはずがなかった。
「……ありがとうございます」
俺は涙を堪えながら爺さんに銀貨5枚を渡し、何度も頭を下げた。
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