3.助けを求める声
小鳥のさえずりで目が覚めた。
体を起こし、少し動かしてみる。うん、問題ない。
心臓の痛みも異様な倦怠感も、きれいさっぱりなくなっていた。
準備を済ませ一階に下りる。
階段の途中まで降りたところで、リーナがカウンターから飛び出してきた。
「起きてきて大丈夫なの!? ずっと眠り続けてたから心配したんだよ!」
「もう大丈夫。心配させてごめん」
「それは別にいいんだけど――」
焼き立てのパンの匂いが、食堂に漂っていた。
その後、朝食の間中ずっと、リゼットとどういう関係だとか、どう思ってるかなど、根掘り葉掘り聞かれた。
朝食を食べ終えた俺は、宿屋を出て冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに入ると、今から探索に向かう冒険者たちが情報交換にいそしんでいた。
何階層にはゴブリンの巣があるから気を付けろだとか、武器を新調した話だとか、昨夜の戦利品の自慢だとか、様々な会話が繰り広げられている。
「おい、エリク! お前やったな!」
浅黒い筋肉質の男が肩を組み話しかけてきた。彼の名前はハルク。
歳は離れているが、同じ前衛職ということもあって、よく俺のことを気にかけてくれるBランク冒険者だ。
「やったって……何をですか?」
「ゴーレムだよゴーレム! 倒したんだろ?」
そうか、もう噂になってるのか。そうだよな。最深層にいるボスを倒したんだ。噂にならない方がおかしい。
「でも、なんでこのタイミングで『灼熱の誓い』を抜けたんだ?」
「抜けた?」
抜けたのではなく辞めさせられたのだが……どういうことだ?
「いや、なんかそういう噂だぞ? 違うのか?」
「あ、ああ……どうだったかな……」
「どうだったかなってお前……自分のことだろ?」
頭を掻きながらどう答えたものかと周りを見渡す。
すると、馴染みの受付嬢がこちらへ手招きしているのが見えた。
ありがたい。彼女なら何か事情を知っているかもしれない。
俺はハルクとの会話を半ば強引に打ち切ると、受付嬢の元へと急いだ。
茶色い髪のショートカットの受付嬢、クレア。
クレアの元まで辿り着くと、彼女は内緒話をするみたいに口元に手を寄せ、声を潜めた。
「昨日、『灼熱の誓い』のレオポルドさんたちが来たんです。それで、エリクさんがパーティを抜けるから、パーティの登録情報を変更してくれって言われました。私は、パーティの脱退は本人か、その代理人じゃないと無理ですって伝えたんです。そしたら、急に不機嫌になって――」
一日も早く俺のことをパーティから追放したかったんだな。
昨日はあんなに悲しかったのに、今は不思議と冷静だった。
悲しくも悔しくもない。
ただ、今はレオポルドのことはあまり考えたくはなかった。
「はい、事実です。パーティから抜けるのでその申請に来ました」
辞めさせられようが、自分で辞めようが、どちらにせよあのパーティに自分の居場所はもうない。
これからは一人でやっていくしかないんだ。
クレアから受け取った書類にサインをし、俺は正式に灼熱の誓いを辞めた。
どっと疲れてしまった。だが、手持ちが少ない以上、稼がなければいけない。
ソロは久しぶりだ。
俺は受付嬢に「テルン南迷宮」へ行くことを伝えた。
テルンには二つのダンジョンがある。
一つは本格的なテルン地下ダンジョン。
もう一つは、坑道型で初心者向けの南迷宮だ。
テルン南迷宮。
まだまだ歴史の浅い迷宮である。
十階層までで高ランクモンスターも出ないことから、新人向けとして有名だ。
この迷宮が出来てから、テルンは新人冒険者がかなり増えた。
まあ、俺もテルン南迷宮で冒険者デビューをした一人なのだが……
テルン地下ダンジョンと違い、ここには防壁もない。
簡素な木の柵で囲われているだけだ。詰所にいる守衛も、どこか気の抜けた様子だった。
南迷宮の前まで辿り着くと、何組かの新人たちがひそひそと迷宮攻略の相談をしているのが目に入った。懐かしさと共に、なんだか微笑ましくなる。
もちろんベテランが引率した方が安全で効率もいい。
それでも、同じレベルの仲間と手探りで進む楽しさを、一度は体験してほしいと思う。
俺はソロで攻略したから、なおさらそう思うのかもしれない。
一階層。
坑道――表現するなら、それに近いだろう。
本物の坑道と違うのは、支柱などの人工物がないこと。
それと、四方を囲む壁に、薄く光る鉱石が散りばめられていることだ。
鉱石一つ一つはマッチの炎にも満たないほどの光だが、数が多いため、暗いと感じることはなかった。
通路は、大人三人が並んで歩けるほどの広さがあった。
だが、油断すれば、剣が壁にぶつかる危険がある。
暗闇の先からやってきたのは、小柄なゴブリンが二体。
棍棒を手に、一直線にこちらへ突っ込んでくる。
ひび割れたヒーターシールドを構え、迎え撃つ。
最初の一体が、棍棒を振りかぶって殴りかかってきた。
「シールドバッシュ!」
力は抑えたつもりだったが、カウンター気味に入った盾の一撃は、ゴブリンを数メートル吹き飛ばした。
入れ違いにやってきた残りの一体に、構えた剣を振り下ろす。
ゴブリンは、その場に倒れた。
俺は、後方で目を回しているゴブリンに近づき、止めを刺した。
その後も順調に階層を重ね、7階層まで辿り着いた。
ここからはCランクモンスターが出現する。
初心者にとっては鬼門となるエリアだ。
Cランクの俺でも、油断をすれば大怪我に繋がる可能性がある。気を引き締めなければ。
通路は広くなり、横幅は5メートルほどあるだろうか。
これなら剣を存分に振るえる。
もちろん、モンスターの大群に押し寄せられれば、一気に不利になる広さだが……
俺はゴブリンの群れを倒し、魔結晶の欠片を集めていた。
魔結晶は全ての魔物の死体から得られるわけじゃない。だからこそ貴重だ。
「誰か! 誰か、助けてください!!」
通路の奥から、かすかに女の子の叫び声が聞こえた。
聞こえた瞬間、足が勝手に動いていた。
声を頼りに駆けていくと、開けた場所に出た。
まず目に飛び込んできたのは、巨大猪。
高さ2メートルはある、でかい猪だ。
巨大猪は、蹄で地面を引っかきながら、部屋の中央にいる冒険者たちを威嚇していた。
「そこの豚野郎! こっちだ!」
【大声】を響かせ、巨大猪を【挑発】する。
俺の【挑発】を受けた巨大猪はこちらに向きを変え、再び威嚇した。
【挑発】は、敵の注意を強制的にこちらに向けるスキルだ。
特にボア系はこの【挑発】がよく効く。
壁を背にして盾を構えた。
冒険者の方に目を向けると、ヒーラーが戦士風の男の子に回復魔法をかけていた。
土埃を巻き上げながら、巨大猪が突進を始めた。
俺は壁を左手に、全力で駆ける。
軽装備で助かった。
これが重装備だったら、ここまで速く動けないだろう。
何とか間に合い、巨大猪の突進を回避する。
直後、背後で激しい衝撃音が響いた。
振り返ると、巨大猪は壁に激突したまま横倒しになり、ぴくりとも動かなくなっていた。
俺は盾を地面に捨て巨大猪の首元へと近づく。
剣を頭上に掲げ、刃先を下に向ける。
そして、首めがけて剣を突き刺した。
急所を狙ったつもりだった。
だが、止めを刺すのに慣れていない俺の一撃は、まだ甘かったらしい。
「ピギィィィィイィィィ!」
巨大猪が暴れ、巨大な牙が俺の胸部に直撃する。
鈍い音がして俺は吹き飛ばされた。
革の鎧のおかげで致命傷ではないものの、肋骨が何本か折れた気がする。
しばらく暴れていた巨大猪だったが、やがて静かになった。
巨体の中から拳大の魔結晶が転がり落ちた。
俺は、50センチはあろうかという牙をちらりと見る。
だが、今は解体する手段がない。諦めるしかなかった。
鈍い痛みが胸に走る。
そこを押さえながら、冒険者たちの方へ歩き出した。
戦士の回復を終えたのか、少女のヒーラーがこちらに駆け寄ってきた。
「先生!?」
ヒーラーはリゼットだった。
まさかこんなところで出会うとは。
偶然というにはあまりにも出来すぎている。
泣きそうになりながら駆け寄ってくるリゼットを眺めながら、俺は思わず笑みがこぼれた。
ダンジョンの女神ってやつに、ほんの少しだけ感謝した。
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