23.ノアとの休日
遅い。
「月明りの女神亭」での待ち合わせ。
教会の鐘が鳴ってしばらく経つのに、リゼットとノアは姿を現さなかった。
「し、ししょー!」
声のした方を見ると、ノアが走ってきた。
「遅いぞ。ん? リゼットはどうしたんだ?」
ノアは膝に手をつき呼吸を整えている。
よほど急いできたのだろう。汗で頬に髪が引っ付いている。
赤いスカーフに、黒のへそ出しノースリーブ。
細身で引き締まった体に、ショートパンツがよく似合っていた。
茶色いベルトには、ナイフが一本差してあった。
ノアは顔を上げ、頬に張り付いた髪を指で払った。
俺の視線に気付いたのか、きょとんと首を傾げた。
「あ、リゼットは……なんか頭が痛いって」
二日酔いか。次からはちゃんと止めてやらないとな。
「じゃあ、どうしようか。明日とかにするか?」
「え?」
ノアは目を丸くして固まった。
三人で出かける予定をしてたんだから、日をずらすのが普通だと思うんだが……
「いや、えっと……リゼットは二人だけで楽しんできてって言ってたから、ボクはそれでもいいかなって思ったんだけど……」
「ノアがいいなら俺はそれでもかまわないけど……いいのか?」
「うん!」
ノアは元気よく返事をした。
最近のノアはどこか様子がおかしい。
俺は、ノアの変わりように未だに戸惑っていた。
「ノアはどこか行きたい場所あるのか?」
「師匠がよく行くところに行ってみたい」
「分かった。でもその前に、寄りたい場所があるんだが大丈夫か?」
「もちろん!」
俺たちが向かったのは鍛冶屋だった。
店の奥でハンマーを振るっていた髭面の親父に声をかける。
「ヴェルナー、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
腕まくりをした筋肉質の男が、前掛け姿のままこちらへやってきた。
「おおなんだエリクか、どうした」
「これなんだが……」
俺は魔法の小袋から、赤蠍の甲殻を取り出した。
ヴェルナーは甲殻を受け取ると、軽く小突いたり、持ち上げたり、その素材を調べ始めた。
「見たことねえ素材だな。地獄蠍に似てるが、色がちげえ。それに表面のざらざらした触感。ちっせえ孔がたくさん開いてるな。耐久力は落ちるが、耐火性がかなり上がってる。孔があるのは基本的に強度の低下につながるが、軽量化の面で――」
「あー、分かった分かった。それでそいつを盾にしたいんだが、出来るか?」
ヴェルナーの長くなりそうな話を遮る。
「そうだな……三日後でいいならやってやるぞ」
「分かった。それで頼む。値段は?」
「……金貨二枚だな」
「うっ……そんなにするのか?」
足りない。
ポーションを売ればぎりぎり足りるかもしれないが、生活費がなくなってしまう。
「初めて見る素材だし、慎重に加工しなきゃならんからな」
「……とりあえず払える分は払う。残りはツケってことにできないか?」
「はぁ……ったくしょうがねえな。必ず払えよ。死んだら許さねえからな!」
「ヴェルナーありがとう! 恩に着るよ!」
ノアの前でカッコ悪いところを見せてしまった。
そのまま鍛冶屋を後にし、中央広場へ向かう。
市場を歩いていると、屋台からいい匂いが漂ってきた。
ノアは、すんすんと鼻を鳴らして屋台へ吸い寄せられていった。
しばらく待っていると、ノアは両手に鳥の串焼きを持ち、肉を頬張りながらこちらへ戻ってきた。
「どこかに座って食べるか」
俺も串焼きを買い、中央広場の女神像の噴水の段差に腰掛けた。
「この街は食べ物が安いしうまいから好きだ」
ノアは、串焼きをあっという間に平らげてしまった。
「ノアは前は王都にいたんだっけ? 王都の方がおいしい食べ物とかたくさんありそうだけど……」
ノアは俺の串焼きを物欲しそうに見つめていた。
「金を出せばな。ボクはあんまりお金持ってなかったから、こんな新鮮な肉なんてめったに食べられなかったんだよ」
俺は串焼きを差し出す。
ノアは俺と串焼きを交互に見つめている。
「そうか。苦労してきたんだな」
だが、食い気には勝てなかったようだ。
遠慮がちに串焼きを受け取ると、へへと小さく笑った。
「大変だったけど苦労だったなんて思ってないよ。それに、貧民街のやつらはいいやつが多かったからな」
串焼きはあっという間になくなった。
ノアの視線の先で子供が転んだ。
子供が母親に泣き着く姿を見ながら、ノアは寂しそうに笑った。
「王都が恋しいか?」
少しだけ間があった。
「全然! 今は師匠とリゼットがいるからな!」
「いやだからその師匠って呼び方……」
無邪気に笑顔を見せるノア。
まあ、いいか……。
「いや、何でもない。もっと食うか?」
「食う!」
ソーセージパン、焼きリンゴ、羊肉の串焼き。
気づけばかなり食べていた。
そして今、ノアは路地裏の石階段に座りうなだれていた。
「大丈夫か?」
「……うん」
見るからに辛そうだった。
「……ごめん」
「何で謝るんだ」
「今日は師匠が行きたいところに付き合うって言ったのに、結局ボクのやりたいことばっかになっちゃってさ……」
「いいよ」
ゆっくりと時間が流れていった。
俺もノアもあまりしゃべらなかったけど、心地よい沈黙の時間だった。
しばらく休んだ後、ノアと街を歩く。
テルン地下ダンジョンを囲む城壁が見えてきた。
高さ8メートルほど、厚さ3メートルの巨大な構造物だ。
街を囲む城壁よりは低いが、魔物を足止めするには十分だろう。
門横にある階段を上って城壁の上へ行く。
城壁の上からダンジョンの入り口を見下ろす。
城壁とダンジョン入り口の間には十分な広さが確保されていて、魔物を迎え撃つ備えは万全だ。
「師匠はどうして冒険者になろうと思ったんだ?」
城壁の上を歩きながらノアが尋ねた。
「父親の友達に冒険者がいてさ。その人がダンジョンの話をよくしてくれたんだ。それまでは、おとぎ話の中だけだと思ってた。でも話を聞いたら急に現実味が出てきてさ……気づいたら冒険者になってた。そんな感じかな。ノアは? どうして冒険者になったんだ?」
ノアは、ほんの一瞬眉尻を下げた。
「ボクは……孤児院で育ったから父親の顔も母親の顔も知らない。でも、周りはみんなボクと一緒だったから、寂しくはなかったかな。でも、孤児院を出てからが大変だった。人に言えない仕事もたくさんした。もちろんやっちゃいけないことはしてないつもり。でも……もしかしたら誰かを不幸にしたかもしれない。それで、このままじゃダメだって思ったとき、知り合いの女冒険者がこのダンジョン都市のことを教えてくれた。だから頑張ってお金を貯めて、それで――」
ノアは夕暮れに沈む街並みを見つめていた。
「そうか……だが、俺の弟子になるなら覚悟しろよ。厳しくても逃げ出すんじゃないぞ」
「うん!」
オレンジ色に照らされたノアの横顔が、やけに眩しく見えた。
お読みいただきありがとうございました!
もし少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです!




