20.レオポルド視点:ゴブリン共の巣穴②
「ち、ちがう! 俺じゃない! 俺が悪いんじゃない!」
足を上げると、頭上で鳴り響いていた骨が静かになった。
「おい! お前が前を歩いていれば、お前が罠に引っ掛かっていたんだぞ!」
レオポルドはアルベルトを指さし、憎しみのこもった目で睨みつけた。
「落ち着け! 今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
通路の奥からけたたましい笛の音が聞こえた。
直後、ゴブリン共の喚き声が耳に届く。
――俺のせいじゃない。
俺はたまたま前を歩いていただけなんだ。
無数の足音がこちらに向かってくる。
「レオポルド!」
イザベラの一喝でぐるぐると渦巻いていた負の感情がかき消された。
落ち着け。
俺は灼熱の誓いのリーダーなんだ。しっかりしなくては――
「ここで迎え撃つ。敵が来るなら、むしろ好都合だ」
「……分かった」
アルベルトは、長方形の巨大な盾を地面にめり込ませた。
頭上の光の玉が通路を照らしている。
光が届かないその奥から、三体のゴブリンが駆けてきた。
「俺が行く。【斬撃強化】!」
一瞬刃が光った。
レオポルドが盾の横から飛び出した。
通路は広くはないが剣を振るには十分だ。
最初の一匹目。
右から横薙ぎに剣を振ると、まるで紙でも裂くように、ゴブリンの体が上下に分かれた。
二匹目。
刃を返し、そのまま切り裂く。
最後の一匹。
ゴブリンは棍棒を振りかざし、突っ込んできた。
落ち着いて右にかわして背中を斬りつける。
前のめりに倒れ、ぴくりとも動かない。
ふうと息を吐く。
その瞬間、風を切り裂く音が耳元で聞こえた。
レオポルドは目を見開き、後ろを振り返る。
アルベルトの盾に矢が刺さっていた。
「ギャオオオオオオオ!」
あと少しで顔面を貫かれていた。
恐怖と焦りで足がもつれる。
アルベルトがタンクになってから死を意識することが多くなった。
エリクがタンクのときはこんなこと一度だってなかったのに――
躓きそうになりながらも、アルベルトの盾の後ろに滑り込んだ。
「イザベラ! 頼む!」
イザベラが杖を前方に向け集中し始めた。
再び矢が盾に突き刺さった。
盾に身を隠しながら顔を出す。
奥に三匹のゴブリンアーチャーが見えた。
一匹が弓を引き絞っている。
弓兵の間を二匹のゴブリン共がすり抜け、こちらに向かってきていた。
よし、これならなんとかなる。
このままゴブリン共を少しずつ削っていけばいい。
通路は広くないんだ。
いける、いけるぞ。
「ああっ!」
後ろで悲鳴が上がった。
イザベラの腕に矢が刺さり、うずくまっている。
「ヒール!」
セオドアがイザベラに杖を向け、回復魔法をかけている。
イザベラは矢の根元をへし折ると、叫び声を上げながら矢を引き抜いた。
「おい! ゴブリンが来てるぞ! 俺が前に出るのか!?」
アルベルトがレオポルドに叫んだ。
見ると、ゴブリンたちはすぐそこまで近づいていた。
奥には弓兵もいる。
「そんなことよりイザベラが射られたぞ! なぜ【挑発】を使わないんだ!」
「弓兵と距離がありすぎる! 届くか分からないからだ!」
「いいからやれ!」
直後、二匹のゴブリンが盾の右をすり抜けた。
アルベルトは振り向けざま、二匹まとめて水平に剣を振りぬいた。
二匹は勢いよく地面に転がった。起き上がろうとしたがその力は残っていないようだった。
「くそっ! こっちだ! ゴブリン共、俺を狙え!」
アルベルトがゴブリンアーチャーを【挑発】する。
だが、効いているようには見えなかった。
レオポルドが地面を蹴ってアーチャーに向かって行く。
体をかすめて矢が通り過ぎていった。
「あああああああああ!」
近づかれたアーチャーたちに為す術はなかった。
あっという間に三匹とも地面に転がった。
「レオポルド!」
今度はなんだ!
後ろを振り返ると、後衛にゴブリンが襲い掛かっていた。
レオポルドは急いで引き返した。
アルベルトを通り過ぎ、セオドアの近くに駆け寄った。
ゴブリンが倒れている。
「後ろから来た。レオポルド、まずいぞ――挟まれた」
後ろからさらに三体のゴブリンが駆け寄ってきているのが見えた。
「撤退だ! もうこれ以上は無理だ! 全滅するぞ!」
アルベルトが吠えるように言った。
クソが! どうしてこうなった!
選択肢などなかった。
「――撤退する」
回復を終えたイザベラが、杖先を前方に向けた。
「私が前に来た奴を足止めする。レオポルドは後ろのやつをお願い」
レオポルドが後ろに向かって走り出す。
ゴブリンを三体、落ち着いて処理をした。
「冷厳なる大地の理よ。凍着し足枷となりて、汝の歩みを奪わん。氷縛!」
イザベラの声が背後から聞こえた。
後ろを振り返る。
四匹のゴブリンのそれぞれの片足が、氷漬けになっていた。
魔法を放ったイザベラと殿を務めていたアルベルト、そしてセオドアがレオポルドの元へと駆け寄った。
「――ここから出るぞ」
そこから先は壮絶だった。
洞窟の入り口側からは、次から次へゴブリンが押し寄せてきた。
それらをレオポルドとアルベルトで片付けていく。
少しでも遅れれば、背後のゴブリン巣の本隊に追いつかれる。
そうなれば、あっという間に全滅だ。
正面にゴブリンアーチャーが見えた。
アルベルトが前で盾を構えると、レオポルドたちはその後ろに付いた。
矢が盾に刺さった。
「シールドバッシュ!」
アルベルトは盾を横にして前へと突き出した。
ゴブリンアーチャーは、まるで馬に跳ねられた子供のように後ろへと吹き飛んだ。
通路の先に小さな光が見えた。
血なまぐさい空気の中に、かすかに木々の匂いが混じっている。
洞窟の外に出た。
全力で走ったせいで、息が苦しい。
だが、まだ安全とは言えなかった。
洞窟のある小高い丘を転がるように下りていく。
息を切らしながらなんとか近くの小道までやってきた。
後ろを振り返る。
追手はいなかった。
日が傾きかけていた。
失敗。
その二文字がレオポルドに重くのしかかった。
日が沈みかける頃、昼に立ち寄った村に辿り着いた。
血まみれの装備、土だらけの足元、焦燥しきった表情。
村人たちの視線が痛い。
それは賞賛や歓迎とは程遠いものだった。
「今日は村には泊まらない」
レオポルドの一言に誰も何も言わなかった。
「……疲れたわ」
ただ一言。
イザベラが小さく呟いただけだった。
そこからテルンまで三日。
疲労は最高潮に達し、レオポルドたちは必要最低限の会話しかしなかった。
なぜ失敗したのか。
レオポルドは旅の間中ずっとそのことを考え続けていた。
そして、とある結論に思い至った。
テルンの城門をくぐった。
広場にいる人々がぎょっとした表情でレオポルドたちを見ている。
「……見世物じゃねえぞ」
レオポルドが近くにいた女に睨みを利かせると、女は慌てて視線を逸らした。
ギルドの扉を乱暴に開けた。
混雑していたが、レオポルドの歩みに合わせて道が開けた。
「あんな場所だとは聞いてないぞ」
クレアのいる受付に辿り着いた。
視界の端が赤く滲む。
「忠告はいたしました」
「なぜもっと強く止めなかった」
イザベラが腕を掴んだが振り払う。
「申し訳ございませんが、これ以上は他の冒険者のご迷惑になりますので、本日はお引き取りいただけませんでしょうか」
クレアが頭を下げた。
そして、手のひらの先を出口に向けた。
いつの間にか、レオポルドの隣には体格のいい守衛が立っていた。
「……レオポルド」
イザベラが再び腕を引っ張った。
「……クソが!」
拳を振り上げ目の前の長テーブルに思いきり叩きつけた。
肩を掴もうとした守衛を振り払い、後ろを振り返った。
レオポルドは扉を睨みつけたまま、無言でギルドを出ていった。
お読みいただきありがとうございました!
もし少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです!




