19.レオポルド視点:ゴブリン共の巣穴①
「この依頼、どう思う?」
レオポルドは依頼掲示板から一枚の紙を剥がし灼熱の誓いのメンバーに見せた。
「ゴブリンの巣の偵察? 私たち盗賊いないけど……」
魔法使いのイザベラは渋い表情だった。
「ゴブリンごときに偵察なんて必要ないだろう? 偵察ではなく討伐すれば、ギルドの評価も報酬も上乗せされる」
「反対だ。偵察依頼ということは、ギルドも数を把握していないんだろう。盗賊もいないのに洞窟に入るのは危険すぎる」
聖騎士のアルベルトは、肩をすくめ呆れた顔で言った。
またか……こいつはことあるごとに反対してくる。
自分に自信がないのだろうが、もう少しAランクパーティとしての自覚を持ってほしい。
「私は、レオポルドがいいのであれば反対する理由はありません」
ヒーラーのセオドアは内容を一瞥すると、依頼書をレオポルドに手渡した。
「Aランク、いや、せめて、盗賊のいるBランク以上のパーティとの合同でなら依頼を受けてもいいと思うが……」
「合同パーティだと? ふざけるな! 俺たちはテルンを代表するパーティ、灼熱の誓いなんだぞ! ゴブリンごときの依頼で他のパーティに頼るなんてありえない!」
思わず大声を出してしまった。
周囲の冒険者たちの視線が集まる。
だが、大勢の前で弱気な姿は見せられなかった。
「――危険だと判断したならすぐに撤退だ。それならいい」
アルベルトは苦虫を噛みつぶしたような顔で頷いた。
なに、現地に行けば杞憂だったとすぐに分かってくれるだろう。
イザベラにも同意を取り、俺は依頼書を手にカウンターへと向かった。
「申し訳ありませんが、そちらは盗賊のいるパーティが推奨となっておりますので……」
受付嬢のクレアが小さく頭を下げた。
「あくまで推奨だろう? Aランクの俺が大丈夫だと言ってるんだぞ」
「……少々お待ちください」
そう言うとクレアはギルドの階段を上がり、二階へと消えていった
その場でしばらく待っていると、やがてクレアが戻ってきた。
「……分かりました。ですが、反対はしましたからね? 自己責任でお願いします」
クレアはため息をつきながらも書類に判を押した。
――テルンを出発してから三日目の昼過ぎ。
ようやく俺たちは被害のあったという村まで辿り着いた。
焼けこげた建物、破壊された家屋、地面にこびりついた血の跡。復興作業は始まっているようだが、村人たちの顔は暗かった。
レオポルドが村から出ようとすると、アルベルトがその腕を掴んだ。
「何があったか聞かないのか? ゴブリンの数や種類を聞くべきだ」
「……お前は馬鹿か? 村人たちの顔を見ろ。そんなことをすれば、傷口をえぐるだけだ。ゴブリン共を討伐することだけ考えろ」
「しかし――」
なおも引き止めようとするアルベルトを無視して先を急いだ。
あいつには人の心がないのか? 被害にあった村の人のためにも一刻も早く解決しなければ……。
地図を見ながら森の中を進む。
小道から外れたあたりで、ふと気づいた。
さっきまで聞こえていた鳥の鳴き声が、いつの間にか消えている。
しばらく進むと、どこからか視線を感じた。
立ち止まり、周囲を確認する。
「どうしたの? 何か気になるの?」
イザベラが心配そうな顔で俺に尋ねてきた。
「いや、何でもない」
三人の顔を見回したが、返ってくるのは怪訝な表情だけだった。
さっきのアルベルトの言葉のせいで神経質になっているのだろう。
地図に沿って歩き続けていると――あった。
大きな口を開けた洞窟が、小高い丘の斜面から顔をのぞかせていた。
だが、その近くにゴブリンが見張っているのを見つけ、すぐに木の陰に隠れた。
「アルベルト、俺は右から行くお前は左から挟め。いいな? 巣に逃がすな」
アルベルトは背負っていた盾を静かにその場に下ろすと、丘を登っていった。
敵は五匹。
真面目に見張っているものはいない。
座り込んで話している奴までいる。
こんな連中が見張りとは、笑わせる。
ゴブリン共の背後に回り込み、木の陰で待機する。
アルベルトも位置に着いたようだ。
全員がこちらを見ていない隙に、一気に距離を詰める。
あと五メートル。
一番近くのゴブリンがこちらを振り向いた。
「ギャッ!?」
ゴブリンは棍棒を振り上げようとするが――遅い。
小さな悲鳴を上げながら、ゴブリンが地面に崩れ落ちた。
アルベルトも一匹仕留めたようで、二匹目に狙いを定めている。
隣にいたゴブリンも斬り伏せると、他のゴブリンたちは慌てて巣に帰ろうとした。
レオポルドは先回りをして、奴らの退路を防ぐ。
逃げても無駄と悟ったのか、そのうちの一匹がナイフ片手にこちらに突撃してきた。
横薙ぎの一撃で、真っ二つに切り裂く。
アルベルトの方に視線をやると、ちょうど最後の一匹を片付けたところだった。
深く息を吐く。
剣に着いた血を振り払って鞘に納めた。
周囲にはゴブリンの死体が転がっていた。
だが、それとは別に、ゴブリンの巣からは血の匂いと獣の匂いが鼻をつく。
穴の入り口には、ゴブリンの頭蓋骨の小さな山が築かれていた。
イザベラとセオドアもレオポルドたちに合流する。
イザベラは手で鼻を押さえ眉をひそめた。
「最悪……ここに入るの?」
イザベラは嫌悪感を露わにしながら独り言のように呟いた。
その問いには誰も答えなかった。
周囲をもう一度確認する。
どうやら他に仲間はいないようだ。
レオポルドたちは静かに穴の中へと入っていった。
「ライト」
セオドアが魔法を唱えると、彼の頭上に光の玉が浮かび上がった。
光を背に感じながら、レオポルドたちは奥へと進んでいった。
しばらく一本道が続く。
血の匂いは洞窟の奥に進むにつれて強くなっていった。
アルベルトの鎧が擦れる音が、やけに大きく響いた。
「おい、もっと静かに歩けないのか」
「無茶言うな」
舌打ちをし先を急いだ。
二股の分かれ道へとやってきた。一方は狭く、一方は広い。
迷わず広い方を選ぶ。
「待て。そっちでいいのか?」
「何か問題があるのか?」
「いや、ない……ないが、やはり引き返さないか? 挟み撃ちされたら一巻の終わりだぞ」
アルベルトの言葉に、思わずため息が漏れた。
イザベラに目をやると、レオポルドとアルベルトに視線を迷わせていた。
アルベルトのせいでチームの結束が乱れかけているじゃないか。
士気を下げることばかり言いやがって。
「いいか、アルベルト。灼熱の誓いのリーダーはこの俺だ。それを忘れるな」
アルベルトは天井を見上げながら拳を震わせた。
しばしの沈黙。
「分かった。すまない。先へ進もう」
アルベルトは盾を握りなおし、暗闇の奥を睨みつけた。
――やれやれ、面倒くさいやつだ。
レオポルドは口角を上げ、鼻を鳴らした。
さらに奥に進むと血の匂いが濃くなった。
三メートルほどの幅の通路の脇には、動物の大腿骨、折れた矢、ネズミの死体が増えてきた。
かすかに奴らの騒ぐ声が聞こえる。
先頭にレオポルド、アルベルト、イザベラ、最後尾にセオドアの順で慎重に進んでいく。
音が近づく。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ声で、かなりの数がいることが分かる。
その瞬間。
カランカランカラン。
頭上から、木琴のような澄んだ音が降ってきた。
骨だ。
天井に吊るされた骨が空中で踊っていた。
足元を見ると、細い糸が足首に引っ掛かっていた。
さきほどまで聞こえていたゴブリン共の声が聞こえない。
背中を冷たい汗が伝った。
トラップだ。
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