17.素直じゃない
朝。ギルドの前での待ち合わせ。少し早く来すぎたかもしれない。
今日からまたリゼットと二人で迷宮攻略かと思うと、少しだけ寂しくなる。ノアは騒がしかったが、賑やかしにはちょうど良かったからな……
探索する場所に関しては、テルン地下ダンジョンに挑戦することも考えたが、まだいいだろう。
魔結晶稼ぎと連携確認のためにも、しばらくはテルン南迷宮の探索を続けるか。
朝はギルドの一番忙しい時間帯だ。
俺は見知った顔に出会うたびに挨拶しながらリゼットを待った。しばらく待っていると、リゼットが二つ結びの髪を揺らしながらこちらに駆けてくる。
だが、その隣にいる人物を見て目を疑った。
ノアだった。
なぜノアが一緒に?
リゼットは目の前まで来ると、元気よく挨拶をした。
「お、おはよう。リゼット。えっと――」
「……よろしく」
ノアはそれだけ言うとプイと顔を逸らしてしまった。
どうやら説明する気はないらしい。
「確認しておきたいんだが、今日もノアがパーティに参加するってことでいいのか?」
「はい! ノアもそれでいいよね?」
「……問題ない」
どうやら問題ないらしい。というか『ノア』? 一昨日までちゃん付けだったはずだ。なぜ呼び捨てになっているのか。
「先生! ほら、早くギルドで迷宮探索の申請をしましょうよ!」
三人でギルドに入り、申請書に記入する。
俺はクレアに申請書を提出した。
クエスト掲示板にはいつものように人だかりができていた。
掲示板に並ぶのは、ほとんどがテルン地下ダンジョンや街の依頼だ。
俺たちがこれから向かうテルン南迷宮に関する依頼は、ほとんど貼り出されない。
もちろん例外はある。行方不明になった冒険者の捜索依頼だ。
だが、南迷宮は一日で踏破できるし、5階層には帰還陣もある。探索しているパーティも多い。
つまり、捜索依頼が出る頃には手遅れな場合がほとんどだ。
「エリクさん、最近何だか楽しそうですね」
受付嬢のクレアが、申請書に目を通しながら話しかけてきた。
「楽しそう? そんなことはないと思いますけど……」
「楽しそうです。灼熱の誓いにいた頃よりもずっと」
灼熱の誓い。その言葉を聞いて、久しぶりに思い出した。
たった数日リゼットたちと潜っただけなのに、ずっと前から一緒にいる気がした。
「そう……なんですかね。自分ではよく分かりません」
「ふふっ。ではそういうことにしておいてあげましょう」
クレアは意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「はい、問題ありません。お気をつけて!」
どうやら申請書に不備はなかったようだ。
俺たちはギルドを後にした。
迷宮の入り口に辿り着いた。
守衛に挨拶を交わし、俺たちは迷宮へと足を踏み入れる。
ギルドから迷宮への道中、ずっとノアは大人しかった。
質問には答えるし、リゼットとは普通に会話している。
だが、俺への態度がいつもとまるで違う。
まるで牙を抜かれた狼だ。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから腕を捕まえられた。
「魔物が近づいてる。おそらくゴブリンだ」
まったく気づかなかった。耳を澄ますと、確かに微かな足音が聞こえた。
「すまん、ボーっとしてた。ノア、頼めるか?」
いつもならここで嫌味の一つや二つ飛んでくるところだが――。
「分かった」
それだけ言うと、ノアは俺の脇をすり抜けて前に出た。
ゴブリンを迎え撃つつもりらしい。
「ギャッ! ギャッ!」
ゴブリンは俺たちに気付くと棍棒を振りかざしながら一気に距離を詰めてきた。
ノアはじっとゴブリンの動きを目で追う。
ゴブリンとの距離が5メートルにまで縮まった。
その瞬間、ノアが駆け出し、逆手に持ったナイフでゴブリンの首を切り裂いた。
ゴブリンはよろよろと数歩歩き、前のめりに倒れた。
そのまま動かなくなった。
「これでいいか?」
ノアが振り返った。
問題はない。だが、問題がないからこそ問題だ。
いつものノアじゃない。
「どうした? ノア、変な物でも食ったのか?」
「……別に」
思い当たる節があるのか、ノアは視線を逸らし頬を掻いた。
俺の隣で、リゼットの笑い声が小さく聞こえた。
「リゼット、何か知ってるのか? 今日のノア変だよな?」
「ふふっ、い、いえ……いつものノアですよ?」
リゼットは前屈みになってお腹を押さえていた。
笑うのを必死に我慢しているようだ。
「お前らおかしいぞ……昨日何かあったのか?」
その問いに二人は何も答えなかった。
その後も危なげなく魔物を倒し、俺たちは3階層へと到達した。
一番前にノア、真ん中にリゼット、最後尾に俺の並びだ。
ノアが片腕を広げ俺たちを止める。
「多分、コボルトだ。ボクがやる」
「わかった、頼む」
コボルトが暗闇から現れた。
ノアは先ほどのゴブリン戦と同じように落ち着いて見えた。
だが、コボルトは盾を構え、ゆっくりと距離を詰めてきた。
さすがにゴブリン戦のときほど余裕はないのだろう。
ノアもわずかに緊張しているようだった。
盗賊というのは本来、搦手や奇襲戦法を得意としている。
正面での戦いは、剣士やタンクの領分で盗賊は苦手な場合が多い。
それはノアも重々承知の上だろう。だからこそ集中しているのだ。
ノアはコボルトの周囲をゆっくりと回り始めた。
それに合わせて、コボルトも後ろを取られまいと、ノアを正面に捉えている。
ノアが動いた。
ナイフを構え、一直線にコボルトへ駆け寄る。
コボルトは左手に構えた盾をノアに向けた。
ノアがぴくりと右手を動かす。
コボルトは反射的に盾をそちらに向けた。
だが、それはノアのフェイントだった。
ノアはコボルトが掲げた盾めがけて、前蹴りを繰り出す。
ブーツの裏が盾にぶつかり、盾が弾かれる。
コボルトの体勢が崩れた。
その瞬間、ノアは右手に構えていたナイフでコボルトの左腕を斬りつけた。
コボルトの左腕が深く裂かれる。
盾が地面に落ちた。
その隙を見逃すほどノアは甘くない。
ノアはコボルトの懐へ踏み込んだ。
コボルトが慌てて左手に持っていた剣で反撃しようとするが、もう遅い。
ノアのナイフが首に届いた。
コボルトは力が抜けたように両膝をつくと、そのまま地面に倒れた。
「ノア、すごいぞ! 柔軟性があるというか……前も言ったけど、戦闘に関してかなりセンスがいい。誇っていいぞ」
俺は見事な身のこなしに感心して、リゼットにやるみたいに、自然にノアの肩に手を置いた。
だが、その直後に気付いた。こいつはあまり俺のことを好きじゃないことに。
俺は慌てて手を離した。
「……すごくない。お前に比べたらまだまだだ」
地面を見つめながら吐き捨てるようにそう言う。
どうやら、肩に触れられたことなど全く気にもしていないらしい。
リゼットはというと、相変わらず俺とノアのやり取りが面白いらしく、くすくすと声を殺して笑っていた。
「おい、リゼットもノアもどうしたんだよ。そろそろ説明してくれ。これでも結構反省してたんだぞ? ノアに言い過ぎたって……」
ノアに説教するつもりはなかった。
ただ、彼女ならもっと高みに行けると思って、あの時はつい熱くなってしまった。
考えてみれば、あれは組んだ初日に言う言葉じゃなかった。
本来は、もっと信頼関係を作ってから伝えるべきだったのに……。
「ボクは……」
ノアは唇を震わせながら、何かを言おうとしているが、その先の言葉が出てこない。
「ノア」
リゼットがノアの肩に手を置き優しく微笑んだ。
険しかったノアの眉が少し緩んだ気がした。
「ボクはお前のこと嫌いってわけじゃない。確かに最初はちょっと嫌いだったけど……でも、今は違う。少しだけ、話を聞いてやってもいいかなって思ってる……それだけだ」
それだけ言うとノアは顔を背け、ずんずんとダンジョンの奥へと進んでいった。
「ノアちゃん、いい子でしょ?」
リゼットがノアの背中を見つめながら、俺の隣で呟いた。
「今はな」
俺はノアの背中を追いかけた。
「素直じゃないんだから」
笑うような調子の声が後ろから聞こえた。
俺は聞こえないふりをした。
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