15.ノアの判断ミス
ゴブリンから魔結晶を回収した後、再び探索へと戻った。
道なりに進んでいくと、ノアが足を止める。
「この音……おそらく巨大猪だ」
いつもより低い声。緊張しているのが分かる。
「今の二人には強敵だ。どうする? 俺も手伝おうか?」
「二人でやる」
ノアが即答した。
その言葉を聞き、リゼットも覚悟を決めたようで小さく頷く。
ノアの表情が硬い。ゴブリン戦と違って余裕がなさそうに見えた。
ノアを先頭に大広間へと足を踏み入れた。
入り口から数歩進んだ瞬間、地面を踏み鳴らす重い音が響く。
巨大猪がこちらを振り向いた。
その瞬間、ノアが斜め前へと駆け出す。
一気に仕留める作戦のようだ。
だが、奴は俺とリゼットの方を向き、蹄で地面を掘っている。ノアには目もくれない。
ノアはそのことに気付くと、即座に反転しこちらへ駆け戻った。
ほぼ同時に、巨大猪が地面を蹴る。
「逃げろ!」
ノアが叫ぶと同時にリゼットが走り出す。
俺も後に続いた。
前衛にノア、真ん中にリゼット、後ろに俺。
俺たちは突進の軌道から外れるよう横へ走った。
だが、リゼットの走りはそこまで速くない。奴の突進から逃げられるか微妙だった。
奴との距離が5メートルを切った瞬間――
ノアが急停止した。
逃げるのをやめ、その場でナイフを構える。
――馬鹿!
俺は全力でノアを突き飛ばした。
次の瞬間、巨大猪が土埃を巻き上げながら突っ込んでくる。
リゼットは間一髪、横へ跳んでいた。
俺は盾を構え衝撃に備えた。
激突の瞬間、その力を斜め後方へと流す。
腕に鈍い衝撃を感じた。
巨大猪は突撃が不発に終わると、すぐに急ブレーキをかけこちらへ向き直る。
「こっちだ! 豚!」
【挑発】に乗った奴は、俺しか視界に入っていないようだった。
俺は壁際へと移動し、突進に備えた。
突進してきた奴を盾で受け流す。
巨体は岩壁へと衝突した。
鈍い音が大広間に響き、岩壁にひびが広がった。
奴が地面に横たわった。
俺は限界突破を発動し、剣を振り下ろした。
一撃だった。
「……解除」
俺は二人の元へと向かった。
「大丈夫?」
リゼットが地面にへたり込んでいるノアに話しかけているが、反応が薄い。
「ノア、大丈夫か?」
ノアの肩を揺するとようやく我に返ったようだ。
「ああ、大丈夫だ……」
ナイフを握る手が震えている。
「少し休憩しようか」
俺は二人を休憩場所へと連れて行った。
先人の冒険者たちが作った簡易の休憩所だ。
どの階層にもあるわけではないが、7階層など急に魔物の強さが跳ね上がる階層には設置されている。
扉を開けると、板張りの床の部屋が現れる。テーブルと椅子が置かれ、床板には何度も補修された跡が残っていた。
壁と天井の石には、ぼんやりと光る鉱石がちりばめられている。
三人で腰を下ろすと、俺は魔法の小袋から携帯食と革袋の水を取り出し、テーブルに並べた。
「リゼット、ごめん」
ノアは革袋の水を一口飲み、視線を落としたまま、言葉を続ける。
「ボクのせいでリゼットを危険な目に遭わせた」
革袋が、静かにテーブルに置かれた。
「ノア、どうすればよかったと思う?」
俺が尋ねると、ノアは革袋をぎゅっと握りしめながら静かに考えている。
「……ボクがもっとちゃんと巨大猪を引き付けていれば、あんなことにはならなかった」
「俺もそう思う。でも、あそこでノアが奴の突進を引き付けようとするのはいい作戦だったよ」
「どんなにいい作戦でも失敗したなら意味はない」
ノアは声を落とし、先ほどのことを思い出したのか唇を噛みしめた。
「そうだな。それで、ノアはリゼットの元に戻って一緒に逃げたよな?」
「……うん」
「これもまあ、良くはないかもしれないけど決定的なミスじゃない。問題はその後だ。何をした?」
「リゼットを庇って、ボクが巨大猪とリゼットの間に立った」
「そうだ。それがよくなかった」
「なんでだ? リゼットを見捨てろって言うのか?」
ノアが鋭い目線で俺を見つめた。
「見捨てろとは言っていない。ノアが避けるのを信じて、巨大猪の再突進に備えるべきだった。ノアはあの時自分が犠牲になってでもリゼットを助けようと思ったんだろ?」
「……うん」
「それでその後は? お前が倒れたら巨大猪を倒す手段はなくなるぞ」
「それは……リゼットがヒールで治してくれて、それから……」
「ヒールは足を止めて集中しないといけない。巨大猪がそれまで待ってくれると思うのか?」
「じゃあどうすればよかったのさ……」
震える声でノアが呟いた。
「あの場面は、リゼットが避けるのを信じて、お前も避けるのが最善手だ」
「最善手とかそういうのじゃなくて……リゼットはあのとき、避けられるかどうか分からなかったよね!?」
確かにそうだ。あの時、リゼットが避けられるかどうかは俺にも判断がつかなかった。
だが、あの後リゼットは横っ飛びをして突進ルートからは避けていた。もちろん結果論だが――。
「そうだ。もしかしたらリゼットは、巨大猪の突進を食らってたかもしれない」
「リゼットが傷つくところなんて見たくない! そんなことになるくらいならボクが犠牲になってでも巨大猪を止めてみせる!」
「実際、お前は巨大猪の突進を止めることができると思うか?」
「止めることは出来なくても突進を逸らすぐらいなら……」
ノアの言葉は弱々しかった。
「無理だ。高速で突っ込んでくる奴の攻撃をナイフ一本で後ろに逸らすなんて、今のお前には無理だ」
「そんなのやってみなくちゃ……」
ノアの目から涙がこぼれた。
「いいか? あのときお前がやるべきことは、自己犠牲でもなければ、奇跡を信じて奴の攻撃を受け流すことでもない。リゼットが避けることを信じて次の攻撃に備えることだ」
「先生、言いすぎですよ!」
リゼットがノアを庇うように言った。
「ノアちゃんだって女の子なんですよ? もっと優しくしてあげてください!」
リゼットの言う通りだ。確かにノアに色々求めすぎなのかもしれない。
「ボクが……ボクが、間違ってたの?」
沈んだ声でノアが呟く。
「間違ってなんていない。むしろよくやってる。巨大猪はCランクでノアはDランクだ。格上相手にあそこまで戦えてるのでもすごいことだ。それに本来ならタンクとして俺がリゼットのカバーに入る。ノアの動きは何も間違っていなかった」
「うぅ……」
ノアの肩が小刻みに震え、言葉にならない声が漏れた。
「すまん……。そもそも、ノアとリゼットで巨大猪の相手をさせたのが間違いだった。リーダーである俺の判断ミスだ」
頭を下げ、ノアとリゼットに謝罪をした。
とてもこの後、探索を続ける空気ではなかった。
俺とノアの間には微妙な空気が流れ、リゼットがノアを必死に慰めていた。
俺たちは5階層の転移陣がある部屋へと戻った。
道中の敵は俺が処理をした。ノアは、俺の姿を神妙な顔つきでじっと見ていた。
「ノア、本当にごめん! 言い過ぎたし、無茶させすぎた」
「別に……怒ってるわけじゃない……」
そう言いながらも俺とは目を合わせようとはしなかった。
これ、完全に怒ってるな……
俺たちは地上へと帰還した。
「ギルドへの報告は俺がやっとくよ。リゼット、明日は休みにしよう。明後日の朝、いつもの時間にギルド前に集合な?」
「はい、分かりました」
リゼットが笑顔で頷いた。
「ノア、今日は本当にごめん……でも、一緒に組めて楽しかったよ。また機会があればよろしくな」
「……うん」
最後までノアはこちらを向いてはくれなかった。
これはもうパーティを組むことはないだろうな……
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