11.Aランクパーティの違和感
32階層。
レオポルドは、険しい岩場を上りながら遠くにある塔を目指して足を動かし続けた。
みんな言葉はなかった。
山越えルートは一番近道だが、その分体力の消耗が激しい。
そんなことは百も承知だった。だが、これは想像以上だ。
こんなことなら迂回しておけばよかった……
地図を把握してルートを選択するなんて、タンクであるアルベルトのやることじゃないのか?
前に立って盾を構えるだけなんだから、もっと他のことでもパーティの役に立つべきだろう……!
岩場を越えると、しばらくは広い緩やかな登り道が続いていた。
突然、岩陰からケルベロスが現れた。
「アルベルト!」
肩までで2メートルはある巨体。だが、所詮Bランクモンスター。
いつも通りやれば問題ないはずだ。
アルベルトが盾を構え、ケルベロスの前に立つ。
レオポルドはケルベロスの横に位置を取って隙を窺った。
イザベラとセオドアはアルベルトの後ろの立ち位置。
みんないつもの立ち位置だ。
三つ首は、それぞれ好き勝手に唸っている。
一つ一つの首が、それぞれ自我を持っているようだった。
少しずつ距離を詰める。
よし、気付いていない。
ケルベロスの真横からゆっくりと近づいていく。
「【斬撃強化】、【火属性攻撃付与】」
まだバレてはいない。
いける!
レオポルドが駆け出した。
タイミングは完璧だった。三つ首が気付いたところで間に合わない!
「待て!」
アルベルトが叫んでいるが関係ない。
また止めるつもりか。
手柄を横取りしようったって、そうはいかない。
――俺が決める。
三つ首のうちの一頭がレオポルドの存在に気付いた。
だが、もう遅い。
瞬間、視界が揺れた。
ぐるりと世界が一回転したかと思うと、地面に体が伏していた。
頬に感じる冷たい地面の感触。
頭を上げるとケルベロスの凶悪な尻尾が、こちらをあざ笑っているように見えた。
両手をつき、体を起こす。
地面に一滴の赤い液体が降ってきた。
額に手をやると、わずかな痛みと共にべっとりと手が赤く染まった。
「下がれ!」
アルベルトの声が聞こえるが、まだ頭はぼんやりとしていた。
耳鳴りが薄れていく。
やがて、ケルベロスの鳴き声とセオドアの声がはっきり聞こえた。
「レオポルド!」
その声で我に返った。
イザベラだった。
イザベラがレオポルドを無理やり立たせると、引きずるようにアルベルトの後ろへと連れていく。
「ヒール!」
セオドアの回復魔法で痛みが薄れていった。
アルベルトが三つ首の攻撃をギリギリでいなしている。
「大丈夫か!?」
前に集中しながらこちらを気遣うアルベルト。
――俺はAランクだぞ?
その俺が、Bランクのお前なんかに心配されるなんて!
許されない。
なぜだ、なぜこんなことに……!
指の関節が白くなるほど、剣を握りしめる。
こめかみが脈打つ。
戦っている仲間でさえ、敵に思えた。
「治りましたよ。大丈夫ですか?」
「……黙れ」
声は、わずかに震えていた。
「……大丈夫そうね。少し休んでて」
イザベラが戦場へと戻っていった。
レオポルドは唇を噛みしめ、ケルベロスを睨みつけながら立ち上がった。
「尻尾だ! レオポルド、真後ろから攻撃してくれ!」
アルベルトが叫んでいた。
言いたいことは山ほどあった。
だが、今はこいつを先に片付けないと……
レオポルドは無言で背後へと回った。
【斬撃強化】と【火属性攻撃付与】の効果はまだ続いていた。
ケルベロスはアルベルトの対応で手いっぱいで後ろを振り返る余裕などなさそうだった。
ふらつく尻尾に向かって剣を振り下ろす。
驚くほど簡単に切断できた。
ケルベロスが咆哮する。
レオポルドはそのまま左の後ろ脚に斬りかかった。
ケルベロスの顔面にアイスニードルが突き刺さる。
その後は一方的な蹂躙だった。
「なぜ最初から後ろが弱点だと言わなかった」
レオポルドが苛立たしげにアルベルトに詰め寄った。
「いや、それくらい常識だろ? お前たち、今までどうやってケルベロスを倒してたんだ?」
思い返してみれば、エリクがいたときも後ろから攻撃しろと言われた。
だが、その理由は聞かなかった。
いや。
そもそも、あんな範囲まで尻尾が届くなんて、誰が分かる。
「クソ!」
吐き捨てるように言った。
まだ何か言いたげな顔をしていたアルベルトだったが、結局何も言わなかった。
勝利はした。
だが、何かがおかしいと感じ始めていた。
◇
地上に戻った俺たちは、ギルドへやってきていた。
クレアに帰還報告を済ませた。
冒険者タグには討伐記録が刻まれている。
ギルドの魔導端末にタグをかざし、討伐数が表示された。
「お疲れさまです! はい、魔結晶も確かに受け取りました」
魔結晶はギルドで換金できるが、素材は別だ。武器屋や薬屋などと直接交渉する必要がある。
査定が終わると、クレアは袋に入った報酬をこちらへ差し出した。
そして今、二人だけの祝勝会を開いていた。
「テルン南迷宮攻略を祝して……乾杯!」
「かんぱーい!」
テルン南迷宮は何度も潜っている。
だが、誰かと並んで攻略するのは初めてだった。
リゼットの笑顔が、自分のことのように嬉しかった。
誰かと喜びを分かち合う。
「灼熱の誓い」にいた頃は、考えたことさえなかった。
確かにあの頃も祝勝会はあった。
だが、俺だけはその輪の中に入っていないような、そんな疎外感があった。
「先生? もう、何しんみりした顔してるんですか? 嬉しくないんですか?」
心配そうにリゼットが俺の顔を覗き込む。
「いや。ただ……これで、リゼットとのパーティも終わりかと思うと、少しな」
心配をかけまいと誤魔化した。
だが、口に出した言葉も嘘ではない。
リゼットの表情が陰った。
彼女も思い出したのだろう。
「テルン南迷宮を攻略するまで」という約束を。
「……先生。何でも一つ言うことを聞く約束覚えていますよね?」
「覚えてるけど、リゼットはてっきり忘れているものかと……」
9階層での約束だ。
この流れ……もしかしてパーティを続けたいとか?
都合のいい願いだとしても、期待せずにはいられなかった。
「……付き合っててください」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「つ、付き合うって言っても、恋人とかそういうんじゃないですからね!?ほ、ほら! 今の私、魔結晶の換金で余裕ありますし!だから、いろいろ役に立つアイテムとか揃えたいなーって。それで、ちょっと買い物に付き合ってほしいなーって……決してそういう意味で言ったんじゃないですからね!?」
顔を赤らめ必死に弁解するリゼット。
それくらい分かってる。何もそこまで焦らなくてもいいのに。
パーティの誘いではなかったことは寂しいが、頼ってくれるのは素直に嬉しかった。
「分かった。いいよ。冒険者の先輩として色々伝授してあげよう」
「はいっ」
照れくさそうに笑うリゼットは、いつもより大人びて見えた。
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本日もあと数回更新する予定です。




