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短編小説

カレー・マニアな彼氏

作者: 歌池 聡


※しいなここみ様主催『華麗なる短編料理企画』に出品しています。



 大学近くの、学生向けのシンプルな造りのマンション。

 翔の部屋の近くまで行くと、辺りにスパイシーな香りが漂ってきた。


『はあ。やっぱり今日も()()なのね』


 歩美は小さく溜息をつく。







 歩美と翔は、付き合い始めて半年ほどになる。

 同じ高校出身で、当時はただの顔見知り程度だったけど、同じ大学に通い出してからは何かと情報交換したり一緒に帰る機会も多く、いつの間にかお互いに意識するようになっていた。


 翔の告白から付き合いが始まったけど、お互いに根が真面目なのであまり浮つくこともなく、順調に穏やかな交際を続けている。

 友人たちからは似合いのふたりだと言われ、お互いの親からも好印象を持たれているようだ。


 そういうわけで、これから実験等で忙しくなる翔が大学近くで下宿を始めても、そこに歩美が足繁く通うことは、ごく当たり前の流れだった。

 ──さすがに『お泊り』だけは歩美の親が許可しなかったけど。






 翔は料理が好きで、下宿でも自炊がメインだ。たまに歩美が作ることもあるけど、たいがいは翔が作ってくれる。

 そして、翔が一番得意としているのがカレーだ。色々なスパイスを集めて配合を工夫し、いつか究極のオリジナル・カレーを作ることが目標だという。


「お待たせ。歩美、出来たよ! 今日のは自信作なんだ」


 得意満面の笑みを浮かべて、翔がカレー皿を両手に乗せて運んできた。

 向かい合わせに座って『いただきます』をして、まずひとさじを口に運んでみる。


「どう?」

「うーん、そうだね。前のよりこっちの方が好きかも」


 とりあえず無難な答えを返してみた。

 実を言うと、歩美にはカレーの味の微妙な違いがほとんどわからない。彼女にとって、カレーとは『辛口』『甘口』『中辛』の3種類しかないのだ。


「こないだとまたスパイスの配合を変えてみたんだけど、何を変えたかわかる?」


 この質問が一番困る。だいたい、それぞれのスパイスの香りや味の違いなんてわからないのだ。

 

「うーん、なんだろう? 野菜の味がうまく前面に引き出されてるから、スパイスの配合はちょっとわかりにくいかなー」


 何となくそれっぽい答えでお茶を濁すと、翔は嬉しそうに答えを披露してきた。


「あ、わかる? 全体のまとまりを良くしたくて、カイエン・ペッパーを減らしてカルダモンとコリアンダーを増やしてみたんだ」

「そうなんだ。凄いねー」


 答えを聞いてもやっぱりまるでわからない。でも、翔が楽しそうなので、今回も何とか乗り切ったというところか。


『これさえなければ、満点の彼氏なんだけどなー』


 歩美は翔に気づかれないよう、そっと溜息をつくのだった。






 歩美にとってちょっぴり(から)くて(つら)い時間を乗り越えた後は、ようやく恋人同士の甘い語らいの時間だ。


「ねえ、翔。今日の私、可愛い?」

「もちろん、歩美はいつだって可愛いよ」


 翔としては本心を言ったつもりだけど、歩美のお気には召さなかったらしい。


「そういうことじゃなくてさー。今日はいつもとメイクをちょっと変えてみたんだよね。それでどうなのかを聞いてるんだけど」

「え、そうなの?」

「あ、全然気づいてなかったんだ。ふーん」

「あ、いやその、いつも可愛いと思ってるからさ。昨日と比べたりとかはしないだけで──」

「じゃあ、どこが変わったか、当ててみて?」

「え? それはその、うーん……」

「ヒントは『チーク』だよっ!」

「えーと、その、えーと──」


 ──歩美は気づいていない。

 彼女が何の気なしに発した『メイクの違いを当ててみて?』──この質問はほとんどの男たちにとって、カレーの微妙な配合を当てるのに匹敵する超難問なのだ。


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― 新着の感想 ―
でもわかってほしいんだよな
彼女さんにとって彼氏さんのカレースパイスへのこだわりが理解しがたいように、彼氏さんにとっては彼女さんのコスメの際やこだわりがピンとこないのですか。 とはいえ人間の価値観は多種多様ですし、それもまた自然…
いつものカレーに今日はあのスパイスを。 前はあのスパイスにしたからな……。 ……違い、わかんねーわ(;´ᯅ`) 作っていてもバカ舌だと、こうなります笑 って、君たち、似たもの同士やないかーーーいΣ(…
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