第三話 独りで始まる異世界生活
俺の転生先には四つの国が均衡を保ち続ける法がある、血は決して交わってはならぬ。
それを破った者の子は、“存在しない邪悪もの”として扱われる。
だが、それでも生まれてしまった命があった。
これは、そんな“生まれてはいけなかった”俺の物語。
(あぁ……まだ生きているんだ、俺。)
ゆっくりと瞼を開き、周囲を見渡す。人気のない部屋。俺が横たわっていたベッドの傍には、パンとスープ、薬と水、そして「起きたら食べて」と書かれた手紙が一枚置かれていた。
全身が痛むが、包帯で丁寧に巻かれた身体と、塗られていたであろう鎮痛薬が効いてきたのか、わずかに身体が動くようになっていた。
俺は、この家に誰かいるかを確かめるために、ふらつく足取りで部屋を出た。
俺の姿を見た老夫婦は最初こそ驚いていたが、傷だらけの姿に心を痛めたのか、すぐに穏やかな表情へと変わり、言葉をかけてきた。
「まずは目を覚ましてくれて、ほっとしたよ。昨日のこと、覚えているかい?」
忘れるわけがない。
俺は、昨日起きたあの惨劇――そして、朝になって目を覚ますと、フェリシアの姿はなく、冷たく変わり果てた父の遺体がそこに転がっていたことを話した。
老夫婦は、どこか納得したように頷いた。
「そうかい……やっぱりね。いや、実はね、君のお父さんアッシュから、ある程度の話は聞いていたんだ。」
彼らの話によれば、フェリシアは名門貴族の娘、アッシュはかつて王国騎士をしていたが、金もなく、知人に裏切られて奴隷にされてしまったという。そして、フェリシアはそのときの“飼い主”だったのだと。
アッシュの外見に一目惚れしたフェリシアは、奴隷と正式な結婚ができない法の壁に苛立ち、アッシュを連れて貴族の家から逃げ、この村に身を隠していた。形式上はアッシュが“誘拐”したことになっていたらしい。
だが、彼女の本性はもともと残酷だった。アッシュは彼女に虐げられながらも、生きるために黙って従っていたという。そして、老夫婦には密かに相談していたのだそうだ。
(……だからフェリシアは俺を産んだと広まれば、家族が危うくなることや居場所がばれてしまう。それを恐れていたのか。)
だが、俺は――あいつを許さない。どんな事情があろうと、父を……。
思い出すだけで、目から涙がこぼれた。
そんな俺を見て、老夫婦は優しく抱きしめてくれた。
小さなリビングに、幼い子どもの嗚咽が静かに響く。
「大丈夫だよ」と、二人はそっと声をかけてくれた。
その日の夕食は、三人で囲んだ。俺が塞ぎ込まないようにと、ここで暮らし、学校にも通わせようと話してくれた。
「でも……この姿じゃ……。僕だって、わかっています。自分がどれだけの影響を与えるかくらい。」
三人とも、自然と黙り込んだ。
さっきまで明るい話をしてくれていたのに、俺が空気を壊した。前世でも、こんああことはよくあった。
その時、老夫婦の奥さんが、何かを思い出したように声を上げた。
「そういえば、森に住む占い師の……名前なんだったかしら?」
「ルーニャ・シャイラフ、だろう。」と夫が続ける。
「そう!彼女、もともと冒険者パーティーの一級魔法使いだったって聞いたわ!君の見た目に理解があるかもしれないし、なにか手がかりがあるかも!」
(……異世界だし、魔法くらいあって当然だよな)
彼らの説明をまとめると、ここから徒歩30分の森に“ルーニャ・シャイラフ”という魔法使いが住んでおり、占いや呪術に精通しているらしい。過去には、薄毛に悩む男の外見を劇的に変える道具を与えたこともあるそうだ。
(まさかカツラじゃないよな……)
俺は多少の不安があるが、この世界の魔法、それに学校、そして普通に外に出れる。そう考えるとワクワクというか期待というかムズムズする感覚が胸を擽る。
「ところで、お二人の名前をお聞きしても?」
「私はクレアナ・ヴェルモント。この肥えた大食漢が、ノームル・ヴェルモント。あなたは?」
「僕の名前は……リアン。リアン・ガルベルトです。」
―――翌日―――
怪我はかなり和らいでいた。これが異世界の薬か……。
早朝、俺たちは、誰にも見られないように気を配りながら、魔女の住む森へと足を踏み出した。