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第十一話 ダンジョンから始まる異世界生活 地下1階層

俺の転生先には四つの国が均衡を保ち続ける法がある、血は決して交わってはならぬ。

それを破った者の子は、“存在しない邪悪もの”として扱われる。


だが、それでも生まれてしまった命があった。

これは、そんな“生まれてはいけなかった”俺の物語。

校庭の奥の薄暗い一角にたどり着いた時、俺は思った。


(まるでホラーゲームの舞台みたいだな……)


古い木々が複雑に絡み合い、太い幹から伸びた無数の枝が頭上を覆い尽くしている。

昼間だというのに陽光がほとんど差し込まず、辺り一帯が薄暗い霧に包まれたような状態だった。

人の気配なんて微塵もなくて、シーンとした静寂の中で、ひんやりした湿った空気が背筋をゾクゾクと撫でていく。足元の落ち葉を踏む音だけが妙にはっきりと響いた。


……ここまで来るのも一苦労だった。


気絶したエスパを背中に担いで校舎を駆け抜けた時の視線の痛さといったら! 

廊下ですれ違う生徒たちが一斉に振り返って、まるでスポットライトを浴びているような居心地の悪さを感じていた。

「またエスパかぁ…」「今度は何やらかしたんだ」「あのロボット、いつもトラブルに巻き込まれてるよね」って同情と呆れが入り混じった声がひそひそと聞こえてくる。


(この子、普段どんな扱い受けてるんだよ……)


でも、おかげで堂々と人目のつく場所を移動できたのは事実。

複雑でなんともいえない気分だった。背中がむず痒くなるような、気恥ずかしい思いが胸の奥に渦巻いていた。


約束の時刻から五分ほど待った頃——


「はぁあ…はぁあ…おまたせぇ」


遠くから急ぎ足の音が響いてきて、やがて木々の向こうからサリーちゃんが全力で駆けてくるのが見えた。その小さな体は息を弾ませ、肩で大きく呼吸しながら、頬を薄っすらと赤く染めて俺の前で立ち止まった。額には汗が滲んでいて、前髪が張り付いている。


俺は自然な笑顔を作ったつもりだったけど、口元がひきつって、どう見ても苦笑いになってた。頬の筋肉がぎこちなく上がって、我ながら情けない表情だったと思う。


「い、いえ、全然待ってませんよ…」


数秒かけて呼吸を整えたサリーちゃんが、ぐったりしているエスパの姿をじっと見つめると——途端にその愛らしい顔が曇った。眉間に小さな皺が寄って、唇が不満げに尖る。その表情の変化はまるで晴天が一瞬で雷雲に覆われるかのような速さだった。


「ねぇ…なんでそいつがいるのぉ」


声色も先ほどまでの無邪気な響きから一転して、明らかに警戒を含んだトーンに変わっている。

うわ、その目怖い。愛情なのか殺意なのかマジで分からない鋭い眼差しに、俺は再び苦笑いで応えるしかない。喉の奥が乾いて、言葉が出てこない。


「い、いやぁ、この子がいないとロボットに何かあったとき、最悪死んじゃうんで…」


「それよりサリーちゃん、なんで全力で走れたんですか?先生には伝えてるでしょ?」


この質問を口にした瞬間、サリーちゃんの体がビクッと小刻みに震えた。まるで急所を突かれたかのような反応で、視線が俺から逸れて足元の枯れ葉を見つめ始める。


(あー、やっぱり)


完全に図星を突いた時の反応だった。


「まさか伝えてないなんてことはないですよね」


俺は意図的に声を少し低く落として、軽く怒っている雰囲気を演出してみる。眉間に皺を寄せて、真剣な表情を作った。連帯責任で後から職員室に呼び出されて説教を食らうのだけは絶対に勘弁してほしい。


「つたえたよぉ?でもね、でもね、なんかぁ…」


サリーちゃんは口をもごもごと動かしながら、言いたいことを飲み込んでしまったような素振りを見せる。そして徐々に潤んでくる瞳で、まるで子犬のようにとろんとした蕩けるような表情を作って、上目遣いでこちらを見つめてくる。


(仮にもこちらは五歳だぞ。年上からそんな目で見られるなんて人生初の経験で……まあ、嫌な気はしないけど)


気がつくと口元が自然と緩んでいた。頬の筋肉がリラックスして、思わずにやけ顔になってるのに気づいて、慌てて表情を引き締めようとする。


(いかん、いかん!今はそんなことを考えている場合じゃない!)


頭を左右に軽く振って気持ちを切り替えようとした。


「それじゃあ、今から行くとして……ここに呼んだのはなんでなんですか?」


校庭の奥——いや、この場所はもはや学校の敷地内とは思えないほど異質な雰囲気に包まれていた。周囲を取り囲む木々は見たことのない種類の大木ばかりで、その樹皮には古い傷跡のような不思議な模様が刻まれている。


「じつはねぇ、ここに私専用のヒミツの入り口があるのぉ」


サリーちゃんはそう言いながら、得意げな表情を浮かべて奥へ進んでいく。その小さな背中を追いかけながら、俺は辺りを見回した。木々の間を縫うように続く細い道は、踏み固められた土と苔で覆われている。ついていくと、草木で巧妙にカモフラージュされた古い木の板が地面に置かれている場所に出た。

板の表面は長年の風雨にさらされて灰色に変色し、所々に小さな穴が開いている。その板をサリーちゃんが両手で持ち上げてどけると——


まるで落とし穴のような、大きさの穴がぽっかりと暗い口を開けていた。穴の縁は石で補強されており、明らかに人工的に作られたものだということが一目で分かる。


「ここから外にいけるよぉ!」


サリーちゃんは板を完全に脇にどけ、躊躇することなく穴の中に身を滑り込ませて下に降りていった。

地下通路は想像していたよりもはるかにしっかりした造りになっていた。天井は石で組まれ、壁面には等間隔で松明を設置するための金具が埋め込まれている。床は平らに整備されていた。しかし照明はほとんどなく、サリーちゃんが持つ小さなランタンの揺らめく明かりだけが頼りだった。

一時間ほど歩き続けると、途中で何度か分岐点があったが、サリーちゃんは全く迷うことなく道を選んでいく。地下通路は緩やかな上り坂になったり下り坂になったりを繰り返しながら、学校の敷地を抜け、おそらく街の地下を通り、やがて舗装も何もされていない深い森の中へと続いていた。


……もうそろそろ引き返してもいいんじゃないか?

足の裏がじんじんと痛くなり始めた。しかし俺がここで帰ったとしても、彼女は間違いなく一人でこの先へ向かってしまいそうな気がしてならなかった。


それから十五分ほど歩いただろうか。


森の奥深く、木々に囲まれた小さな空間に、古い遺跡が威厳を保ちながら静かに佇んでいた。神殿のような石造りの建築物で、入口には実に精巧な装飾が施されている。柱には螺旋状の美しい模様が彫り込まれ、アーチ状の入口の上部には翼を広げた鳥のような幻想的なレリーフが刻まれていた。しかし長い年月を経て、蔦と苔があちこちに這い回り、建物全体を緑の絨毯で覆っている。朽ちかけた石材に刻まれた紋様は、木漏れ日を受けてかすかに光り、神秘的で幻想的な美しさを放っていた。

威厳ある外観とは裏腹に、入口の重厚な石の扉は半開きのまま長い間放置されているようで、扉の隙間からは冷たい空気がひんやりと漏れ出している。


「こ、ここですか……」


思わず息を呑んだ。胸の奥で心臓がドクドクと高鳴り、喉の奥が緊張でカラカラに乾いていく。


「そうよ!ここが『ザル=ヴェイン』——無名の路って呼ばれてるダンジョンなの!」


サリーちゃんが小さな胸を誇らしげに張って説明する。その表情には興奮と期待が入り混じっていて、頬が薄っすらと紅潮している。その小さな手には、例のブローチがしっかりと握られており、陽光を受けて微かに神秘的な輝きを放っている。


「わたし、前にここでこのブローチの素材になったソルヴァン鉱石の欠片を見つけたのよ。でもね、リアン君にはもっともっと大きなソルヴァン鉱石が必要だから……一番奥にある宝箱まで取りに行かなくちゃ!」


その言葉には強い決意が込められていて、彼女なりに俺のことを一生懸命に思ってくれているのがひしひしと伝わってくる。


(無名の路か。確かに初級者向けっぽいネーミングだけど……)


俺が入口の精巧で美しい装飾をじっくりと見回していると、これまで背中で大人しくしていたエスパが突然ガバッと勢いよく目を覚ました。


「んがあああ!ここはどこじゃああ!」


いきなりの大声に俺の心臓が止まりそうになった。ビックリして思わず肩をすくめる。


「まさか……おぬし、我に欲情でもしたのか!このちびっ子性獣めが!」


「ちょっと待てエスパ!何を言ってるんだ!」


エスパは状況をまったく把握できないまま混乱し、自分の『まい・だーりん』を小さな手で容赦なくペチペチ叩き始める。その音が森の静寂に妙に響く。


「落ち着いてください!サリーちゃんも一緒ですから、安心してください!」


「何がサリーじゃ!あいつといると碌なことにならんじゃろうが!」


エスパの心配げな言葉が空気を切り裂いた瞬間——

森の空気が一瞬にして凍りついた。風が完全に止み、鳥の声も途絶え、まるで時間が止まったかのような重苦しい静寂が辺りを支配する。サリーちゃんの表情が驚くほど一変し、それまでの可愛らしい顔立ちから、まるで別人のような冷たい仮面に変わった。その瞳に宿った鋭い殺気は氷のように冷たく、見る者の魂を凍らせるほどの迫力があった。

この異様で恐ろしい雰囲気を敏感に感じ取ったエスパは「ビクッ!」と体を大きく震わせ、慌てたように身を縮こまらせて深々と頭を下げてしまった。

「あ、あの……エスパさん?」


俺の声も若干震えていた。


「……す、すまん。何でもない」


エスパの声は先ほどまでの威勢とは打って変わって小さく、申し訳なさそうなトーンになっていた。

重苦しく気まずい空気が森の中に漂う中、俺は慌ててエスパに詳しい事情を説明し始めた。なぜここに来たのか、ダンジョンで何をするつもりなのか、そして最も重要なことは、もしエスパの『まい・だーりん』が戦闘で損傷した時の修理についても、改めて丁寧にお願いしておいた。


こうして、俺の人生初となるダンジョン探索が、不安と期待を胸に秘めながら始まることになった。

『無名の路』の石造りの入口を潜り、ギシ、ギシ……と古い石の階段を一歩ずつ慎重に下りるたびに、外の世界の音——風に揺れる木々のざわめき、鳥のさえずり、虫の羽音——がどんどん遠ざかっていく。代わりに聞こえてくるのは、自分たちの足音と少し荒くなった呼吸音だけだった。背後にあるはずのサリーちゃんとエスパの気配も、この石の回廊に入った途端、やけに小さく頼りなく感じられた。

地下に足を踏み入れた途端、外の森の爽やかで清々しい空気とは全く異なる、やけにひんやりと湿った重い空気が肺の奥深くまで染み込んでくる。かすかに漂う古い石とカビの匂い、そして何か得体の知れない古いもの特有の埃っぽい匂いが鼻腔を刺激した。天井に等間隔で吊るされた古いランプが頼りなく光を揺らし、その不安定で弱々しい光が壁一面を覆う緑の苔や、床に落ちた石の欠片に反射して、ぼんやりとした道筋を浮かび上がらせていた。


(……おいおい、まだ入口だというのに背筋がゾクッとするってどういうことだ?)


俺の心臓は少しずつ早鐘を打ち始めていた。手のひらにじっとりと嫌な汗が滲み、喉の奥がカラカラに乾いていく。

一本道を足音を立てないよう慎重に進むと、さらに下へと続く石段があった。こちらの階段は先ほどよりも幅が狭く、手すりもない。


(まだまだ続くなぁ……でも初級ダンジョンだし、きっと大丈夫だろう)


そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥では不安が徐々に大きくなっていくのをはっきりと感じていた。

俺たちは、石段の一段一段を足音を立てないよう確かめるようにゆっくりと、そして慎重に次の階層へと足を進めていった。


——未知なる冒険の幕開けだった。

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