第一話 走馬灯で終わる生活
俺の転生先には四つの国が均衡を保ち続ける法がある、血は決して交わってはならぬ。
それを破った者の子は、“存在しない邪悪”として扱われる。
だが、それでも生まれてしまった命があった。
これは、そんな“生まれてはいけなかった”俺の物語。
(あぁ……俺の今までの屈辱は、この日のためにあったのかもな。)
真夏の灼熱が俺の皮脂を照らし出す。
汗でじっとり濡れた財布の中には、親からもらったクシャクシャの一万円札。
これを盗まれたら、マジでゲーム機も吹っ飛ぶ。だから、俺は周囲を警戒する。
今日は、世界的に有名なゲーム会社から新作ハードが発売される日。
俺にとっては人生でもトップクラスの“大勝負”。
全世界で抽選され、わずか150万人しか当たらないっていう。
……つまり、俺はその戦いに勝ったんだ。
戦場、いや、ショッピングモールには、同じく“勝者”たちがズラリ。
(ふっ、やっぱ抽選突破組は顔つきが違うな)
そう思って脳内でニヤリ。勝者の余裕ってやつか。
開店まであと1分。
緊張をごまかすため、スマホでVideotubeを開いて今日のニュースをチェック。
やっぱり新作ハードの話題が一番上。でも、内容は物騒だった。
抽選に外れたファンが爆破予告を出しているらしい。
どうやら単独犯。怪しい物を見つけたら110番って。
(そういう行為が当たらない一番の理由だろ。俺には関係ない。だって当たったもん。)
そう考えただけで、胸の奥がゾクゾクする。
「グヒッ」
……あ、変な声出た。静かな戦場に響くへんな笑い声。
(そんな目で見るなよ……)
周囲の視線が痛い。まるで、昔「お母さん」と呼んで笑われたいた子にむけられた視線そのもの。
昔からずっと俺を苦しめてきたあの視線だ。
……気分転換にちょっと自分語りさせてくれ。まあ、自慢できるほどじゃないが。
子供の頃から頭は良くて、勉強はそこそこできた。
好きなことはとことん深掘りする。本の虫?いや、本の鬼かな。
政治、インフラ、歴史、憲法、経済――俺と同じ志を持った奴らで
国を作ろうと思いしらみつぶしに本、というか紙に書かれているのもなら手当たり次第に読みあさった。
でも、そんな奴、周りにいないんだよな。変態扱いされたのは当然。
IQが10違うと会話できないってのは本当で、365日それが続くとどうなるか。
……悲しいほど即バレだ。合わせられなかった俺が悪いのかもしれない。
(あの時こうしていれば…とか、あの選択を変えてれば…)
そんな“if”は、大人になると増える。
彼らもそうだろう。でも、悔やんでるってことは現状に満足できてない証拠なんだろう。
それを超えてきたのが俺。
今、この瞬間から未来を予測して、選んで、後悔しない道を通る――そんな風に生きようって。
ゲーム仲間に言ったら、「それ、妄想って言うよ」と一蹴されたけどな。
(失敬だな。たまに当たるんじゃ、人生面白いだろ)
まあ、某ギャンブル漫画の序盤で退場しそうなセリフって自覚はある。
今でも思い出す、年上のオッサンの「まっけおしみ~」って声。思い出すだけで発狂しそうだ。
でも……俺の人生を俯瞰で見ると、ただの負け連続だった。
負債だけが増えて、ゲームと引きこもりの日々。たまに出かければ、近所で笑い者になってるし。
(……逆に名キャラクターになれてるんじゃね?)
……もう振り返るのはやめよう。過去を思い出すと、嫌な記憶しか出てこない。
12歳から今まで、まともな“思い出”なんて作ってこなかった。
ハッと我に返ると、戦場の“戦士たち”は開店と同時に3階へダッシュしていた。
そろそろ俺も動かないと。
その瞬間――ドンッ!!
俺は、帽子深めのロン毛青年にぶつかった。
「「痛っ」」
二人の声が重なって、同時に尻もち。
嘘だろ?俺の体型は140㎏の重戦士だ。まさにデブ界のアスリート。
それを70㎏もなさそうな普通体型の青年に押し倒された……だと?
俺が謝ろうと顔を向けると、そこには煌めくペンダント。彼の姿は、もうなかった。
黄金に輝くペンダントは、日光を浴びてさらに眩しく輝いていた。
――その時だ。
周りにいた戦士たちは姿を消していた。
目の前にはこの戦争の報酬を我一番にと無我夢中で走り出した戦友たちが。
俺は青年が落としたペンダントを握りめて消えた彼の姿を探していた。1階から順に3階を歩き回った。
――いた。彼だった。ゲームショップ前で、鋭い目つきと悔しそうな顔。
(外れたんだろうな)
同情がわいて、ゲーム機買ったらお釣りでジュースでも奢ろうかと思った。
声をかけようとしたその瞬間――。
(待て、ニュース見たろ俺。爆破予告とか言ってたぞ)
俺は思考停止。逃げるべきか、ここに残るべきか。嫌な予感が胃を掴んだ。
(大丈夫、ただの勘違いだ。いや、きっとそうだ…)
でも、頭が締め付けられる。体がガクガク揺れた。
(考えろ…今の状況から未来を予測して…成功を味わえる選択を…)
最善の未来は、単なる勘違い。
良い未来はゲーム機で生活激変。最悪は――彼が爆破犯だった場合、それを未然に食い止める
イベントが起これば。
(今日は人生最高の日にする。ここから俺の物語が始まるんだ)
覚悟を決めて震える足を前に進める。歩幅はみるみる狭くなる。
(周りから見ればこっちの方が不審だろうな)
まずはゆっくり――小さな声で威嚇せず声をかける。
まるで崖の上で説教する某船〇英一郎のように。
「あにょっ!」
と噛み噛みの甲高い声が飛び出した。
しくった。親以外とちゃんとしゃべるの、3年ぶりだぞ俺!?
俺の声帯、いや体は長年会話していないせいで、初対面の人との話し方をすっかり忘れていた。
奴は俺を不審者とみなした目で睨んでいた。
(……ウゥッ!)
後悔にうなされ赤面になりながらも、次の言葉を口にする前――。
奴の手が光った。そこで、俺の物語は終わった――のか?
ーーーここは、どこだ?
気がつくと俺は、まるで海のように広がる大空間に、ぷかぷかと浮かんでいた。
うん、多分だけど、死んだんだろうな、俺。
カナヅチの俺が、こんな水中に近い場所で懐かしさや安心感を覚えるはずがない。
うっすらと、母の匂いがする気がする。
見上げた空には、なぜか赤ん坊の頃の俺が浮かんでいる。
(ここって……もしかして走馬灯か?)
多分、即死だったんだろうな。
死ぬ間際に見るという走馬灯すら、見る余裕もなかったってわけか。
でも、俺の記憶なんて、見返す価値あるか? いや、ないな。
知識だけを求めた価値のない人生の回想なんて、誰も得しない。
俺はそっと、目を閉じた。