蔦に絡まれた俺の選択 ―野薔薇と共に、世界に根付く物語―
はじめまして、作品を読みに来てくださりありがとうございます。
この物語『蔦に絡まれた僕の選択 ―野薔薇と共に、世界に根付く物語―』は、
昔途中まで書いていたものを、AIの力も借りて仕上げました。
世界を壊したのは人間。
けれど、その人間が、もう一度「どう生きるか」を問われる時――
そんな未来を舞台に、
・命を繋ぐために“緑”を与えられた少年イオ
・野薔薇の変異種として人間に敵視される少女ノア
二人が“自分の意思で世界に根を張る”までの物語を描きました。
アイアン・シティは今日も灰色だった。
鉛色の雲。血みたいな夕焼け。高層ビルはコンクリートの墓標みたいに立ち並んでる。
緑なんて、ここには一片もない。あっちゃいけないんだ。そういうルールになってる。
人間が、全部壊したから。
大気汚染、森林伐採、地球はほとんど死んだ。今住めるのは、たったひとつ。
「ワールドネイション(WN)」って名前の、金属とコンクリートで固めた要塞都市だけ。
俺は、その中で生まれた。
「イオ・マクラウド、配属おめでとう。これで君も立派なWN市民さ」
皮肉っぽく笑ったのは、レオン・カーディス隊長。元・反逆軍の男で、今は討伐軍第七部隊の隊長だ。
俺は、今日からその第七部隊の一員になる。
「ありがとうございます、カーディス隊長」
新品の軍服が、どうにも体に馴染まない。手袋越しでも、掌がじっとり汗ばんでるのがわかる。
「緊張してるか? なら安心しろ。どうせ“雑草抜き”ばっかりやらされる。すぐ慣れるさ」
“雑草”。それはプラントヒューマン、つまり俺たちが駆除する対象のこと。
遺伝子操作で作られた人間と植物の融合体。自爆して周囲を緑化する兵器。
世界を緑に戻すはずだったのに、一部が反逆を始めて、いまや害草扱いだ。
「了解しました」
装甲車の中、窓ガラスに映った自分の顔を見つめる。
瞳が、ほんのわずかに赤い。
気のせいだ。そう思いたい。
「到着だ」
地下鉄の廃線。
かつては人間が行き交ったはずの場所は、今じゃ朽ちた鉄骨と闇に沈んでいる。
「反逆軍の残党がいる。お前は“掃除”を頼む」
レオンはそう言いかけた時、イヤーピースに手を当てた。
「……ああ、こっちも聞こえてる。本部だとさ。近くの廃工場に別の“雑草”が確認されたらしい。面倒だな」
俺を一瞥し、レオンは口元を歪める。
「というわけで、俺はそっちに回る。こっちはお前に任せるさ」
くるりと背を向け、レオンは歩き出す。
「せいぜい、俺をがっかりさせんなよ」
俺は、無言で頷いた。
去っていくレオンの背中は、軽いようで、どこか重たく見えた。
***
レオンが去った後、静けさだけが残った。
第七部隊の本隊は、すでに先行して地下鉄の奥で掃討任務に当たっている。
俺は“後詰め”として、残党の捜索を命じられた。
――新米の仕事だ。
「……つまり、雑草抜きってわけか」
苦笑しながら、俺はブーツのつま先で瓦礫を踏みしめた。
レオンは別ルートの対応に回り、
ここにいるのは、俺一人だけ。
単独行動なんて慣れていないはずなのに、不思議と心は静かだった。
呼吸を整え、俺は歩き出す。
冷たいアスファルトが、ブーツ越しに硬さを伝えてくる。
「……反逆軍の残党、ね」
この辺りはかつての地下鉄の廃線区画。
無数の鉄骨が腐食し、瓦礫の山となって横たわっている。
壁には、黒ずんだ苔と錆がこびりつき、それでも、どこかに“生きた気配”が漂っていた。
俺の足元で、乾いた砂埃が静かに舞った。
耳を澄ますと――
地面の奥深くで、何かが“這う”音が微かに響く。
「……いるな」
その気配を追って、俺はコンクリートの裂け目へと歩を進める。
どこからか、甘く、微かに苦い香りが漂ってきた。
不意に、風が吹いた。
高層ビルの隙間を抜けたその風は、どこか懐かしい、けれど異質な“命”の匂いを運んでくる。
その時だった。
コンクリートの裂け目から、
赤黒い蔓が、静かに、けれど確かに伸びてきた。
俺は足を止める。
その先に立っていたのは、白髪の少女だった。
オッドアイの瞳が、じっと俺を見つめている。
「ようこそ、“庭師”さん」
その声は、
街の喧騒とは無縁の、静かで甘い囁きだった。
野薔薇の変異種。
ノア・ブランシュ。
俺の運命を変える存在だった。
***
「君は、私を殺しに来たの?」
ノアの声は、やけに静かだった。
「君が反逆軍なら、討伐対象だ」
そう答えるのが、正しいはずだった。
俺は討伐軍《庭師》。緑化する反逆軍を“抜く”のが役目。
そう教えられてきた。
「君からは、甘くて、少し苦い匂いがするのよ」
ノアの蔓が、俺の足元に触れた瞬間、
地面がひび割れた。
そこから、小さな“根”が伸びていく。
「……これは、なんだ」
「君の因子よ。クスノキの。ずっと眠っていたけど、私が起こしてあげたの」
頭がくらくらする。
俺は、人間だ。そう信じてきた。
兄貴がいる。
父さんがいる。
討伐軍の仲間たちも。
「俺は、人間だ」
「じゃあ、その根はなに?」
ノアは笑う。
「君の中の植物は、ずっと誰かを求めてたの。根を張り、繋がりたいって」
俺の脳内に、知らない声が混じり込む。
“ここに留まりたい”
“世界を包みたい”
“繁殖したい”
それが、本能だ。
「やめろ……俺は、俺は……」
「君は、イオ・マクラウド。だけど、同時にクスノキ因子保有体でもある」
銃を握る手が、震えた。
撃てない。
「でも、君の根は素直よ。私と一緒に咲きたいって、こんなに言ってる」
足元から伸びた俺の根が、ノアの蔓と絡み合う。
本能が、俺の意思を侵食していく。
(俺は……どうすれば)
「君にも、守りたい人がいるんでしょう?だからこそ、変えなきゃいけないのよ、この冷たい世界を」
ノアの瞳が揺れる。
赤と黒。
その奥に、ほんの少しの寂しさが見えた気がした。
俺は、歯を食いしばった。
「俺は、俺の意思で咲く。 誰かに言われたからじゃない。 俺が、俺自身で決める」
ノアが、微笑んだ。
「……それでこそ、庭師さん」
俺は、銃を下ろした。
だけど、それは諦めじゃない。
俺が、俺として生きるための選択だ。
***
「……第七部隊が全滅だと?」
重い声が会議室に響いた。
ここはWN本庁舎、統合戦略司令室。
金属製の壁に囲まれた無機質な部屋。
スクリーンに映し出されたのは、第七部隊が任務についていた地下鉄廃線区画。
画面には、赤黒い蔓がびっしりと這い回り、討伐兵たちが動かぬ姿で絡め取られていた。
「幸い、全員生命反応はある。しかし、強制昏睡状態。おそらく反逆軍の“野薔薇”の仕業でしょう」
報告するのは、情報部の女だ。
事務的な口調が、この都市にぴったりだった。
「第七部隊……イオ・マクラウドはどうなっている」
その声に、周囲の空気がわずかに揺れる。
発したのは、WN大統領。
イオの父親であり、この都市の頂点に立つ男――ダリウス・マクラウド。
「マクラウド少尉の生命反応は正常。しかし……」
女は一瞬だけ言葉を濁した。
「……プラントヒューマン因子の反応が、活性化しています」
室内が静まり返る。
誰もが知っている。
イオ・マクラウドは、極秘裏に行われた“緑化手術”の被験体。
本来なら、プラントヒューマンとして管理されるはずだった。
しかし、父であるダリウスの命令によって、“人間”として育てられてきた。
「……目覚めたか。あの子も」
ダリウスは目を閉じる。
かすかに、疲れたような表情を浮かべた。
「総帥、指示を」
「始末は不要だ。イオは……選ばせる」
その言葉に、周囲がざわめく。
「選ばせるとは?」
「我々が彼に与えたのは、“人間として生きる権利”だ。 だが、奴らはその本質を受け入れるしかない。
イオがどちらに進むか、それを見極めろ。
もしWNに仇なすなら、その時は――」
「その時は?」
ダリウスは口元に微笑を浮かべた。
「兄が始末するさ」
そう言った瞬間、スクリーンに新たなデータが表示された。
《アレクシス・マクラウド 出撃準備完了》
イオの兄。
討伐軍最強の“庭師”。
彼こそが、ダリウスが手塩にかけた“完全体”だった。
「兄弟が交わる時、答えは出るだろう。イオが人間であるか、プラントヒューマンであるか」
冷たい声が、鉄壁の会議室を支配していた。
***
「お前、なに呑気にしてるんだよ……」
イオは、地下鉄の隅に座り込んでいた。
ノアは、その隣で小さく笑っている。
「君、頑固ね。でも、その頑固さ、私は嫌いじゃないわ」
「……俺には、帰る場所がある。だから……お前の誘いには、簡単に乗れない」
「知ってる。でも、君の根はもう私に絡まってる」
足元を見ると、俺の“根”とノアの“蔓”が絡み合っていた。
これは“偶然”なんかじゃない。
本能。
それでも、俺は――
「この根を、俺の意志で使う。お前にも、俺にも、世界を変えられる力があるなら、
それを奪うんじゃなく、守るために使う」
「……面白いわね、庭師さん。じゃあ、試してみる?」
ノアが顔を近づける。
赤と黒の瞳が、まっすぐ俺を射抜いた。
「……君がどう選ぼうと、私の蔓は君に絡み続けるわ。それだけは、覚悟してね」
「お前、しつこいな」
「そういう種類なの。野薔薇って」
俺は立ち上がる。
根は、まだ足元に絡まったままだ。
だけど、それが不思議と重くはなかった。
「行くぞ、ノア。俺はまだ、決めたわけじゃない。でも、このまま腐った街に埋もれる気もない」
「了解。さあ、“私たちの庭”を探しに行きましょう」
そうして俺たちは、地下鉄の奥へと歩き出した。
蔓と根が絡み合う音を響かせながら。
***
夜のアイアン・シティは、昼間以上に冷たかった。
ネオンもない。
緑もない。
あるのは、コンクリートと鉄骨だけ。
「……静かね」
ノアが隣で呟く。
地下鉄を抜けて地上に出た俺たちは、人気のない工業区を歩いていた。
討伐軍のパトロールはまだ来ない。
だが、それも時間の問題だ。
「イオ・マクラウド。お前に伝言がある」
聞き慣れた声が、冷たく響いた。
――アレクシス・マクラウド。
兄貴が、目の前に立っていた。
「……兄貴」
黒い軍服に、WNの紋章。
隙のない立ち姿。
俺の記憶にある兄貴そのままだ。
「父上が言っていた。“選ばせろ”と」
「選ばせる?」
「人間として生きるか。プラントヒューマンとして、駆除されるか」
俺の胸が、強く脈打つ。
(やっぱり、そうくるか)
「兄貴は、俺を殺しに来たのか」
「命令ならそうする。だが、それは最後の手段だ」
アレクシスの言葉は、淡々としていた。
「お前は、あの時、助からなかったはずだった。だが、父上は選んだ。お前を、“人間”として生かすことを」
その選択が、正しかったのかどうか。
それを、今この場で決めろと、兄貴は言っている。
「俺は……俺はまだ、答えを出せていない」
「なら、急ぐことだ。 父上は寛容だが、WNはそうではない。反逆軍と行動を共にする以上、お前も“雑草”として扱われる」
ノアが、俺の隣で一歩前に出た。
「私は、彼を選んだわよ。イオがどう決めようと、私の蔓は彼に絡み続ける。それが“野薔薇”というものだから」
兄貴の目が、僅かに細められる。
「貴様が“野薔薇の変異種”か。 確かに厄介な因子だな」
「そう、厄介よ。でも、彼は私を拒まなかった」
俺は無言で立っていた。
心の中は、まだぐちゃぐちゃだ。
けど、ひとつだけわかってる。
(俺は……俺の意思で、根を張る)
「兄貴」
「なんだ?」
「もし、俺が“世界を緑で覆いたい”って言ったら、どうする」
兄貴は、一瞬だけ目を伏せた。
「WNに仇なすなら、俺は討伐軍としてお前を討つ」
そうだろうな。
けど、すぐに続けた。
「だが、俺も人間だ。弟を、命令ひとつで斬り捨てられるほど、薄情にはなれない」
俺は、その言葉に少しだけ救われた気がした。
「猶予をやる。次に会う時までに、答えを出せ」
アレクシスは踵を返し、夜の街へと消えていった。
残されたのは、俺とノア。
「優しいのね、君のお兄さん」
「……そうだな。でも、兄貴はWNの“庭師”だ。 いざとなれば、容赦しない」
ノアが俺の手を取った。
「君は、どうするの?」
「まだわからない。 でも、一緒に考えてくれるか」
「もちろん」
俺たちは再び歩き出す。
絡まった根と蔓は、離れようとはしなかった。
この夜が明ける時、
俺は、答えを出さなきゃいけない。
人間としてか。
プラントヒューマンとしてか。
それとも、イオ・マクラウドとしてか。
静かに、夜風が吹いていた。
***
夜が明けきる前に、俺たちは街を離れた。
アイアン・シティの外縁部。
コンクリートの瓦礫が転がり、朽ちた工場跡地が広がる場所。
ここは、反逆軍が“緑化拠点”として密かに使っているエリアだ。
「君を、反逆軍の本拠地に連れて行くわ」
ノアが、俺の手を引いた。
彼女の蔓が地面を撫でるたびに、ひび割れたアスファルトの隙間から小さな芽が顔を出す。
「俺が行ったら、撃たれるかもしれないんだろ」
「ふふ、それでもいいのよ。彼らにとっても、君は“選ぶべき存在”だから」
ノアの言葉の意味は、まだわからない。
でも、確かにこの先に“俺の答え”がある気がしていた。
やがて、視界が緑に染まった。
鉄とコンクリートの世界に、場違いなほど鮮やかな森が広がっている。
それは、不自然なまでに濃密な緑。
人間が望んだ“緑化”とは違う、野生の脈動を孕んだ緑だった。
「ここが、反逆軍の“庭”か」
「ええ。そして、彼が君を待っている」
ノアが指差した先。
そこに、一人の男が立っていた。
背が高く、無造作な髪が風に揺れる。
背中には、巨大な樹皮のような装甲。
まるで一本の大樹のような風格を持つ男。
「……よく来たな、マクラウドの息子よ」
その声は、地響きのように低く、重い。
彼こそが反逆軍の指導者。
セコイア。
「お前が、反逆軍のボスか」
「そうだ。俺は人間だった。だが、世界を見て、選んだ。“植物”として、生きる道をな」
セコイアの足元には、巨大な根が放射状に広がっている。
それは大地に喰らいつき、コンクリートさえも砕いていた。
「イオ・マクラウド。お前は、まだ迷っているな」
「……ああ。俺は、WNで育った。討伐軍として、人間として。簡単に答えなんか出せない」
セコイアは頷いた。
「それでいい。簡単に揺らぐ信念など、緑には不要だ」
その言葉が、胸に響いた。
「だがな、マクラウドの息子。君の“根”は既に伸び始めている。この世界を覆い尽くすほどに、な」
俺は無意識に、足元を見る。
クスノキの因子が目覚めて以来、俺の“根”は確かに息づいている。
「父は俺に“選ばせる”と言った。でも、それは結局、WNに従えって意味だ」
「違う。選べと言ったなら、選べばいい。たとえそれが、人類の敵になる道でもな」
ノアが俺の隣で頷いた。
「君が選ぶ道が、私たちの“庭”を広げる鍵になる」
セコイアが、一歩前に出る。
その圧力に、思わず息を呑んだ。
「イオ・マクラウド。今ここで決めろとは言わん。だが、近いうちに“選ばされる時”が来る。その時、君が何者か――見せてみろ」
セコイアの背後、緑が風に揺れた。
アイアン・シティでは決して感じることのできない、
生きた空気が、俺を包み込む。
(俺は……俺の意思で)
「わかった。俺は、俺のやり方で、この世界を“守る”」
その言葉に、セコイアは静かに微笑んだ。
「……面白い。ならば、その時が来るまで、君は俺の客人だ」
「歓迎するわ、庭師さん。反逆軍の“庭”へ」
ノアの声が、どこか嬉しそうに響いた。
コンクリートと金属に覆われた世界の片隅で、俺は、初めて“土”の感触を感じた。
(この世界は、まだ死んじゃいない)
そんな気がした。
***
セコイアの言葉が胸に刺さる。
選べ、と言われても簡単にはいかない。
俺はまだ、迷っていた。
その時だった。
静まり返った森に、わざとらしい足音が響く。
「……探しに来たわけじゃないんだがな。気づいたら、足がこっち向いてた」
レオン・カーディス。
討伐軍第七部隊の隊長であり、俺の直属の上司。
だが、彼は“元反逆軍”だった。
「第七部隊は沈んだが、俺は別行動だった。上から“お前の動き、見てこい”ってな。だから俺だけ、こうして無事ってわけだ」
レオンは肩をすくめ、どこか投げやりに笑う。
「始末しろとは、まだ言われちゃいない。……今日は“隊長”じゃなく、“俺”として来た」
レオンは煙草を取り出し、火を灯す。
オレンジ色の光が、灰色の世界でやけに目立つ。
「首輪を締めに、ってやつだ。お前が“どっちに転ぶか”、それだけは見届けに来た」
その表情は、皮肉めいていながら、どこか寂しげだった。
「俺もな、昔は“お前”だったよ」
ぽつりと、レオンは言う。
「WNが憎かった。自然を壊す人間が許せなかった。だから反逆軍に加わった。
緑で人間を覆い尽くすことが正義だと、本気で信じてた」
「でも、アンタは反逆軍を抜けた」
「ああ。俺の仲間は、いつしか“緑のためなら人間を殺しても構わない”って考えるようになってた」
レオンは、煙草の火をじっと見つめる。
「反逆軍が掲げたのは“共生”じゃなく、“支配”だった。それに気づいた時、俺は踏みとどまった。
……でも、その時にはもう、俺に“選択肢”なんてなかったさ」
だから、WNに“拾われた”――そう言わなくてもわかる。
「俺はWNに頭を下げて、“役立つ道具”として生きることを選んだ。“庭師”として、緑を刈り続ける道具にな」
レオンは煙を吐き出しながら、皮肉っぽく笑った。
「お前は、まだ選べる。俺と違ってな」
「選べる……のか、俺は」
自嘲気味に言う俺に、レオンは鋭く言い返した。
「“選ばされる側”で終わるか、“選ぶ側”になるかだ。イオ・マクラウド、お前にとって“根を張る”ってのは、そういう意味だろ?」
沈黙が流れる。
森の静けさが、やけに重い。
「……アンタは、その選択を後悔してるのか?」
その問いに、レオンはほんの少しだけ目を細めた。
「後悔? さあな。俺は生き延びるために妥協した。ただ、それだけだ。だが、“妥協”と“選択”は違うぞ、イオ」
レオンが最後の一服を終え、煙草を踏み消す。
「お前がどう転ぶか知らんが、“根を張る”ってのは、そういうことだ。自分の足で、しっかりと立て。じゃなきゃ、お前も俺みたいに枯れるだけだ」
そして、レオンは背を向けた。
「じゃあな、イオ。これ以上は、隊長として会うことになる。その時は……手加減はしねぇぞ」
その背中は、どこか寂しげで、それでも真っ直ぐだった。
***
「……イオ・マクラウド、君に選ばせる時間はもうないらしい」
セコイアの声が、森の奥で響いた。
上空を飛ぶ無人機の音。
遠くで響く装甲車のエンジン音。
WNが、いよいよ本気を出してきた。
「君の父親が、ついに“抹殺命令”を下した」
「……そうか」
俺は静かに頷いた。
逃げられないのは分かってた。
「お前たちは、WNにとって“脅威”だからな」
「違うな」
セコイアが首を振る。
「俺たち反逆軍がただ“緑を増やすだけ”なら、WNはここまで執着しない。 問題は、俺たちが“人間という存在”を否定することにある」
「人間を、否定……?」
「そうだ。人間が支配する世界、人間が頂点に立つ構造――その価値観が、緑化によって根本から覆るのさ」
セコイアは足元の大地を叩いた。
「この森を見ろ。 人間が作ったはずのコンクリートを、緑は侵食し、飲み込んだ。 ここでは、人間は“生きにくい”だが、それが本来の地球の姿だ」
ノアが俺の隣で微笑む。
「人間は、自分たちが快適に生きるために自然を殺した。でも、そのツケはもう払わなきゃいけないのよ」
「……それでも、俺たちは人間だ。生き延びるために、環境を作り変えてきた」
「だからこそ、選ばせるんだ」
セコイアが、一歩近づく。
「このままWNの中で、管理された“人類だけの楽園”を維持するか。それとも、地球の一部に還るか」
「還る、ってのは、つまり……」
「人間が“人間でなくなる”ことを意味する。 植物と交じり合い、共に生きる道だ。 それが俺たちプラントヒューマンの在り方」
ぞっとした。
俺は“人間でありたい”
だけど、その思いの裏に、
確かに芽吹いている“本能”がある。
「俺の根は、もう止まらない。ノアに触れられて、気づいた。俺も、広がりたいって」
「否定するな。それでいい。 だが、選べ。 君が何を“守りたい”のかを」
セコイアの言葉が、胸に刺さる。
「WNは“人間の支配”を守りたい。俺たちは“地球そのもの”を取り戻したい。だが、イオ・マクラウド、君は――どうしたい」
選べ、か。
簡単に言うな。
「俺には、守りたい人がいる。 兄貴も、父さんも、友人たちも。俺にとって大切な人たちは、みんなWNで生きてる。その人たちが、緑に飲まれて苦しむ世界なんて、嫌だ」
「ならば、俺たちは敵だ」
「けどな、俺は、緑が嫌いじゃない。お前たち反逆軍がやろうとしてることも、間違いだとは思えない。俺の中にある根が、それを証明してる」
ノアが、俺の手を握った。
「だったら、“間”を選べばいい。 君ならできる。人間と植物の“どちらでもある”君なら」
「……それが、俺にできるか?」
「わからないわ。でも、君はずっと“選ばされる側”だったでしょ? そろそろ、自分で選んで」
選ばされるんじゃない。
自分で選ぶ。
(俺は……)
「WNを壊すつもりはない。 けど、反逆軍のやり方も違う。俺は、俺なりの“庭”を作りたい。人間も、緑も、共に生きる場所を」
その言葉に、セコイアがゆっくりと目を閉じた。
「……愚直だな。だが、面白い。ならば、見せてみろ。お前の“根”が、どこまで伸びるのか」
その時だった。
上空から、銃声が響いた。
「探知反応、対象補足。イオ・マクラウド、駆除対象に指定」
無人機が降下し、装甲車が森を囲む。
「来たな、WN」
俺は拳を握った。
兄貴も、きっと来ている。
「イオ、ここが“選ぶ時”よ」
ノアの蔓が、俺の腕に絡みつく。
体温が伝わってくる。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「俺は――俺の根を、俺の意思で張る」
そう言って、銃を構えた。
だが、撃たない。
反逆軍でも、WNでもない。
誰かに命じられたわけでもない。
俺は、俺の意思で“根を張る”。
WNの討伐兵たちが、武器を構えて迫ってくる。
その動きは迷いがない。命令された通り、俺たちを“駆除”するために。
「だったら、こっちもやるさ」
俺は地面に手をついた。
足元からクスノキの根が爆ぜるように広がる。
それは力任せに薙ぎ払うのではなく、
静かに“絡み取り、繋ぐ”動きだった。
WN兵のブーツを捕え、
銃を持つ腕を縛り上げ、
徐々に彼らの自由を奪っていく。
だが、そのどこにも“殺意”はなかった。
「戦いってのは、殺すだけじゃない。俺は、“繋ぐ”ために戦う」
ノアの蔦が、俺の根に絡みつく。
赤黒く螺旋を描きながら、討伐兵たちの銃口を封じていく。
一発の弾丸も放たせず、ただ静かに、確かに。
森が呼応する。
崩れたコンクリートの隙間から、新たな芽が顔を出し、
ひび割れたアスファルトを優しく押し上げる。
それはまるで、“世界が呼吸を取り戻す”瞬間だった。
討伐兵たちは、動きを止めた。
彼らを覆った根と蔦は、
もはや“敵”ではなく、“この星の一部”だった。
「撃たない。抜かない。でも、俺は“ここにいる”って、こうやって示す」
兄貴が俺を見つめる。
その視線は、かつての“優しい兄”ではなかった。
冷徹で、寸分の迷いもない“討伐軍最強の庭師”の目だった。
「……イオ。お前はもう、抜かれるべき雑草だ」
アレクシスが腰のブレードを抜いた。
その刃は、接触したプラントヒューマン因子を瞬時に焼却する“無機熱鋼”。
「お前は、父上の命で“人間として生きる”道を与えられた。だが、今ここで反逆軍と共にいる時点で、
WNにとってお前は“駆除対象”だ」
次の瞬間、視界が歪む。
兄貴が、音もなく間合いを詰めていた。
「それでも“人間として立つ”というのなら、その意思を、俺に示してみせろ」
ブレードが振り下ろされる。
殺傷の意図は、間違いなく“本気”だった。
俺は地面に手をついた。
「俺は、俺の根を張る!」
足元から伸びたクスノキの根が、兄貴のブレードを受け止める。
だが、“無機熱鋼”は根の組織を瞬時に焼き切った。
それでも、俺は諦めなかった。
「兄貴、俺はな、“抜かれるため”にここにいるんじゃない。“繋ぐため”に、ここにいるんだ」
次の一瞬、ノアの蔦が兄貴のブレードに絡みついた。
「君の根が繋ぐなら、私の蔦も繋ぐ。二人で編んだ“命の鎖”よ」
蔦と根が絡み合い、兄貴の動きを縛るのではなく、“留める”。
アレクシスの動きが、一瞬だけ鈍った。
その隙に、俺はもう一度、根を張る。
攻撃ではなく、支え、繋ぎ止めるために。
「……これが、お前の“戦い”か」
アレクシスの口調が、わずかに和らぐ。
「そうだ。俺は、俺の意思で、ここにいる」
兄貴のブレードが、静かに下ろされた。
「お前が選ぶなら、俺もそれを受け止める」
“最強の庭師”は、そう言ってブレードを収めた。
その瞬間だった。
討伐兵たちの動きが静かに止まり、
彼らを包む根と蔦が、“緑の揺り籠”のように大地を覆っていく。
無理やり奪うのではない。
失われたものを、優しく取り戻すように。
***
戦闘の喧騒は、すでに過去のものだった。
無数の根が、大地を這い、
赤黒い蔦が、静かに瓦礫を覆っていく。
装甲車も、無人機も、
今はただ“緑の一部”として沈黙している。
そこにあるのは、侵略でも征服でもない。
“還る”という、当たり前の営みだった。
銃声は、もはや聞こえなかった。
そして――
ノアが、俺の手を握っている。
その温もりだけが、俺に“今”を繋ぎ止めていた。
「ねえ、イオ。私たち、このまま一緒に咲こうか」
「……ああ」
俺は頷いた。
父さんの街。
兄貴が守ってきたこの都市。
友人たちが暮らす世界。
それでも、このままじゃ、人間はゆっくりと死んでいく。
閉じたまま、終わっていく。
「ノア。お前の“蔓”が、俺の“根”が、この世界を包むなら――俺は、その先にいる“命”を、繋ぎたい」
「わかってる。君はそういう人だから。でも、もう“人間”じゃいられないわよ?」
「それでもいい。この手で、俺は世界を抱きしめる」
ノアが笑った。
「なら、行こう。私たちの庭を、広げに」
俺たちの体が、静かに“溶け始めた”。
皮膚が樹皮に変わり、
血が樹液になり、
神経が、根のネットワークへと接続されていく。
痛みはない。
ただ、温かい。
意識が、ゆっくりと広がっていく。
俺は“イオ”という個体を超えて、
世界そのものに溶け込んでいく。
「君は、もう“地球”の一部よ」
ノアの声が、遠くで響く。
けど、ちゃんと聞こえる。
(ありがとう、ノア)
俺の根が、街を包む。
ビルを這い、道路を貫き、
コンクリートの下に眠っていた古い土に触れる。
それは、初めて感じる“ぬくもり”だった。
(これが……俺たちが拒み続けたものか)
俺は、もう“人間”じゃない。
けれど、それが怖くはなかった。
アイアン・シティが、緑に染まっていく。
無数の植物たちが芽吹き、風が、音を運ぶ。
静かで、優しい音。
「さようなら、イオ・マクラウド」
(違うよ、ノア。これは“始まり”だ)
ノアの蔓が、俺の根に絡みつく。
二人の意識が、重なり合い、
そして、溶けた。
“私たち”は、この世界に根付く“緑”そのものになった。
もう名前も、形も必要ない。
ただ、静かに。
ただ、優しく。
この星の呼吸と一緒に、 永遠に生き続ける。
それが、俺たちが選んだ、最後の選択だった。
***
■ エピローグ “庭”の記憶
それは、遠い昔のことだった。
アイアン・シティ。
かつて灰色だったその都市は、今や柔らかな翠に包まれている。
高層ビルは樹々の支柱となり、
道路は苔と草花の絨毯に覆われ、
風が吹けば、蔦が揺れ、葉擦れの音が街を優しく満たす。
だが、人間は生きている。
防護服も、無菌ドームも、必要ない。
この緑は“侵略”ではなく、“共生”の形を取って広がった。
適応したのは、植物だけじゃない。
人間もまた、変わった。
「おじいちゃん、これなに?」
少女が指さしたのは、街の中心にそびえ立つ一本の巨樹だった。
白い蔦と、力強く伸びる根。
その表皮はどこか、優しく微笑んでいるようにも見えた。
「あれはね、イオとノアっていう、この世界に“庭”をくれた人たちなんだよ」
老人は目を細める。
「昔、この街はコンクリートと鉄ばっかりだった。 人間が作った世界に、自然は居場所をなくしていたんだ」
少女は首をかしげる。
「でも、今はこんなに緑があるよ?」
「そう。彼らが“根”を張ってくれたからさ。争いも、奪い合いもやめて、植物も、人間も、一緒に生きていけるようになったんだ」
少女は巨樹に近づく。
その幹に、誰かの手のひらの跡が浮かんでいる。
それは、まるで誰かが最後にそっと触れたかのような、温かな痕跡だった。
「ありがとう、イオ、ノア」
少女がそう呟いた瞬間、木々の間を風が抜け、 微かに二つの声が重なったような気がした。
“うん。ここにいるよ”
かつて、自らの命を使って世界を包み込んだ二人は、今もこの“庭”の一部として、生き続けている。
名前は、もういらない。
けれど、その想いは、確かに受け継がれている。
人間も、植物も、呼吸を合わせるように共に揺れながら。
そうして、イオが望んだ“共存の世界”は、
静かに、確かに、訪れていた。
(俺は、俺たちは、ここにいる)
青空の下、蔦が揺れ、葉が囁く。
それは、緑に包まれた未来の中で、二人が紡ぎ続ける“ささやかな奇跡”だった。
ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
「蔦に絡まれた僕の選択」は、人間と植物、文明と自然、その“間”に立つ少年の物語として書きました。
この物語は部屋を整理していたら出てきた15年ほど前のノートに書かれていた物です。
当初からラストは決めていました。
イオとノアが“人間であること”を捨て、“世界そのもの”に根付くことで共存を選ぶ。
それは悲劇ではなく、むしろ彼らなりの“誠実な生き方”として描きたかった部分です。
せっかく当時の私が考えたのだから、捨ててしまうのもどうかと思いAIに補助してもらい仕上げてみました。ザックリと書いたので荒削りの部分も多いかもしれません。
誰かが勝つとか、負けるとか、そういうことではなく、
「違うもの同士が、どこまで寄り添えるのか」
そんな静かな問いかけを、受け取ってもらえたら幸いです。
*挿絵はAIにて制作しました。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。