大好きの代わりに
私は都合のいい人が欲しかっただけ。
私の都合のいい時に足になり、暇つぶしに会話相手となり、たまに気が向いたらご褒美をあげる。そんな関係がよかった。
私は小さい時からこうだった。成長過程で感情が捻じ曲がったわけではない。都合が悪ければ人を切り捨ててきた。
友達? 恋人? なにそれ。そんなものはいらない。必要なのは私に仕えられるか。その能力をもった男が一人いた。
「出して」
一ノ瀬は今日もハンドルを握る。この男は自ら志願してきた。無趣味だからやりがいが欲しいとのこと。
なぜ私に目をつけたのかは分からないし興味はない。私と利害が一致していれば充分だからだ。
「今日もいい天気ですね」
彼はよく空気を読む。私が誰かと話したいと思ってる時は話しかけてくる。
「そうだね。紫外線が気になるな」
「日焼け止めと日傘が必須ですね」
「常備してる」
ミラー越しに目を合わせながらする会話は悪くない。この男は空気を読むだけでなく、距離感も分かっている。
踏み込まれたくないところを悟ってるようだ。ひらりひらりと軽く危険を回避する心地よい会話が続く。
「さすが、城山さん。選び抜かれた日焼け止めや日傘なんでしょうね」
「そりゃそうよ。私の肌に関わる問題なのだから」
「今日も素敵な肌です」
気分良くした私は自分の鏡に映る。そして、日焼け止めをさらに塗りたした。
「これで完璧」
なんの心配もいらない。紫外線の脅威も塗り潰した。不安は薄まった。
「俺、思うんですけど」
「なに?」
「城山さんはいつも素敵ですよ」
「ありがとう」
「いや、お世辞とかじゃなくて。本当に」
「だとしても変わらないよ。ありがとう」
「ちょっとでも不安なことがあると早めに対処しようとするところがありますよね。完璧主義と言いますか……隙を見せないといいますか」
「なにが悪いの?」
「悪いわけじゃないですけど、息苦しくはありませんか?」
「そんなことはないけど」
「そうですか。なら、いいです」
考えたこともなかったから何言ってんだと思ったけど、その言葉は想像以上に心に残った。
なぜか脳で反芻される。いつまでも馴染まない違和感。窓ガラス越しの景色はいつもと変わらないのに。
大学に着いた。一ノ瀬は運転席をおりて後部座席のドアを開ける。私がアスファルトに足をつける頃には飾り気のない黒い傘がスタンバイしている。
流れるような見事な動き。完璧。
「さ、行きましょう」
「うん」
照りつける日差しに負けず私に尽くす彼。それをみて何も思わないわけではない。
どうして無報酬でそこまでしてくれるのだろうとは頭に浮かぶ。口を開けかけて、閉じる。
なぜだかそれを聞いたらこの関係が終わるような気がするからだ。
「またやってるよ」
「女王様気取りだね」
私たちの関係をみて、聞こえるように妬む声がする。一ノ瀬が小さく舌打ちして、ギロリと睨み返すと鎮まった。
「何も知らないやつらが何言ってんだか」
「……」
「大丈夫ですか?」
「うん」
「ちょっと元気ない気がしますが」
「うん」
言葉が喉でつかえてる。気を抜いたら言ってしまいそうになる。
なんで私がそんな努力をしているのだろうか。なにを恐れているのだろうか。
もしかして、この私がこいつを離したくないと思ってる? でもそれは彼が都合のいい私にとって価値ある存在だから当たり前だ。なにも不自然なことはない。
私にはこの男が必要だ。失いたくはない。でも、もっと知りたい。彼を……一ノ瀬の素顔を。そんな欲が私を動かした。
「一ノ瀬はどうして私によくしてくれるの?」
一ノ瀬は目を見開き、微笑む。
「俺はあなたの常備品になりたい」
「は?」
「あなたにとっての日焼け止めや日傘のように、俺もあなたの大切なものを守りたい」
「なに、それ……」
「常にあなたの側にいて助けになれる、そんなものに俺はなりたい」
「全然意味分からないんだけど」
頭を掻きながら眉毛を下げて頼りなさそうに笑う彼に惹かれるのはなぜだろうか。じわじわと嬉しいという気持ちがわいてくるのはなぜだろうか。
「いいんです。俺がそうしたいだけですから。今のやりがいはあなたなんです」
「……」
「どうしました?」
一ノ瀬という男をもっと知りたい。たとえそれが私にとって都合の悪いことでも。
そう思うのはいわゆる大好きってことなのかな? 初めての感情にそわそわして落ち着かない。私は鳴り始めた心臓に手を当ててゆっくりと想いを吐き出した。
「ーー……」
大好きの代わりに、そう伝えた。
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