第二章(全四章)
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あっ、それ、オレのグラスーー三上が飲みかけていた卓上の水割りを敢えて手に取り、宮城さおりは、一気に飲み干してしまった。彼女はニコリと笑い、何も言葉を返さない。
" もう、何も訴えないで・・” 彼には彼女の胸中が読み取れてしまった。店内には、他の客のカラオケが煩く鳴り響いている。
「ーーアタシにも判らないわ・・」
スーツの下の肩に掛かる下着の具合いを指で直しながら、さおりは、そう告げていた。
話題は当然、先日の景子の電話に於ける態度・そのモノについて、である。三上はさおりを呼び出し、心底・相談していたのだ。
あっ、アタシだーー懐かしの歌謡曲のイントロが鳴ると彼女は舞台へと消えてしまう・・仕方無く彼はボーイにグラスごと新しいオーダーを済ます事のみが関の山となってしまった。
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「ーー意地悪なアナタは・・」
その歌詞を耳にしながら、三上はさおりの性器を思い浮かべた。いや、思い浮かべた、というよりもあの幻を思い返した。所謂、彼女もあの ”窓から侵入してきた女性” なのである。しかし、美奈子と違う点は恐らく、さおりの場合は処女であり、その為、躰を交わらせず、一番、恥ずかしい所を眠りかけている三上に見せつけただけであったのだろう。
彼は少し複雑な趣で舞台に目をやっていた。
歌は上手いな・・さおりに対しての率直な印象である。
ーーが、しかし全く女を感じさせない。
学生の頃、隣に夏用体育着姿のさおりが居ても、男の気持ちが発生し得なかった。
要は、彼女は筋肉質ーーなのである。
彼にとって肩幅のある彼女は、幼馴染みではあったが仕第に”女”ではなくなっていった。
(別にさおりのせいじゃない)
三上は心より彼女に同情していた。
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拝啓
”もう電話は掛けないで”と申されたので敢えて手紙を書きました。
先日、自分が佐藤さんに何か不愉快なことを申したんでしょうが皆目、見当が付きません。
是非、その起因、お知らせ下さい。
お願いします。
敬具 三上充
佐藤景子様
前略
三上君が私を不愉快になど、させてはいません。
また、ゼミのほうも忙しく教職員の資格も、取る事になり同窓会・その物にも参加できるか判らなくなってきました。
色々と迷惑をかけてしまってゴメンなさい。
かしこ 佐藤景子
三上充様
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拝啓
教師を目指しておられたとは存じませんで、真に失礼・至しました(それなら、同窓会の方は欠席されても仕方有りませんね・・)
自分は学生時代から佐藤さんの、その前向きな性格に敬意を表していました。一度ゆっくり、その志、御伺いしたいものです。では、いつか。
敬具 三上充
佐藤景子様
前略
突然ですが今度の木曜日なら時間が空けられるの・・三上君はどうですか?
”ゆっくり話したい”って云ってたでしょう。私は留守かもしれないけど家のほうには必ず電話・入れといて!
ではーー御願いします・・
かしこ 佐藤景子
三上充様
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「えっ? デートしてんの、ボクらは・・」
三上は率直に驚いている。
”ゆっくり話をする日”と名目にし二名でターミナル駅前の喫茶店で、待ち合わせをした。例の卒業式のボタンの件がある為、三上には絶対、自身は男として見て貰えてないーーという自負がある。
(何で泣くんだよ)
景子は涙を浮かべ独り化粧室へと消えた・・彼は半生で一番、胸の痛い瞬間を向かえている。
”実は作曲家を目指している・・” こう切り出せば、景子は振られた事にはならない。要は仕事と音楽活動とで手一杯だと云い換えられる。
化粧室から戻った彼女は、軽く頷いただけであった。だって、三上君とデート出来たんだモンーー先程の景子の台詞が三上の心臓の鼓動と共に胸中に圧迫を与え続けてゆく。どうしたらいいんだ?予想だに出来なかった展開に彼は可成、うろたえてしまっていた。
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ーー心のどこかで彼女を敵の様に見ていなかったかーー
三上は深刻に考えた。紅茶をさらりと啜ってはいるものの、やはり心中・穏やかではない。景子の家は地主らしく、建物も大きく、全く生活の苦を感じさせない。一方の三上は都営住宅に住み、車の免許さえ手にしていない。友人と見なした女に、その飢餓さを話の根底にして強く言葉を浴びせていなかったか。彼は遂に生まれて初めて女を苛めた気がしていた。
ーー支援活動・・景子の家の宗教が、それだった。金持ちなのに善人ぶって評判を得ようとするーー当時の三上には、そんな風にしか、その活動を解釈する事が出来なかった。
それも彼女に対する敵意となり対話の源泉と化し、かなり毒舌的であり得たであろう・・
(夢は自身で掴むモノだ)
(助けられず、貧しいと見なされない人達はどうする?)
やはり甘い男と女の関係ではなかったようだ。
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”キミが好きだ” ”えッ?”
”キミが好きだーーと思えたんだ・・”
後日、深夜にもかかわらず、三上は景子に、電話を入れた。とにかく彼女を今、水面化で恋人にすべき、とそう判断したのだ。
なぜ、そう思い立つかと云えば原因は親友の小春沢英次にある。彼は同窓会のスタッフの一員であるのだが、それを手伝うのを条件に三上が女に接近しないーーという項目を約束させていた輩でもあったのだ。
しかし問題がある。どうやら小春沢は景子に気がある様なのだ。先日、さおりと、その群のコンパを行った・と或る席に景子も当然、参加したのだが、事もあろうに彼女は、その平たい胸を小春沢の肘に押し当てる様に寄り添い歩いていたのだ。そんな事をされれば男は、その気になる。そして必然、彼も陰に於て景子との恋を得たいと三上に告げてくる次第だ。当時、幹事でもあり約束もある三上は二人を客観視し、景子を友と見定めてしまう過去があった訳だ。
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”三上君、今日は楽しいわ” 更なる問題が起こる。何と景子は小春沢のみに行った振舞いを三上に対してまで決行してきていたのだ。先日のデート、もしくは、それ擬いの一日があるのに少し先の見えなかった三上に対してまでも気のあるフリを彼女はしてきている。
(困った娘だな・・)
三上は景子の態度に多少、尻軽さを感じたが、恐らく彼女の本命は自分だーーと、ひとまず予測しアタックする決意を敢えてしておいた。
「アタシはね ”オレに付いて来い” って、云うタイプが好きなのよ」
三上の告白に対する景子の返信だった。
彼は無言となり受話機を強く握るだけである。
「ボクはそういう型の人間じゃないからね」
女性にも主張させたく稼ぎも少ない夢を追いかける三上は失脚すべきと判断し、そう述べるしか手が無かった。彼女の態度は小春沢・一本とも取れなくもなく惚れられているという、三上の気持ちに壊滅的な打撃を与えていた・・
(続)
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